ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(長谷川の悪戯)


平和な午後のひと時。

霧島組が経営管理するマンションの最上階から二つ下、大きな窓より差し込む優しい日差しに包まれ、実はリビングのソファーの上で眠っていた。

おやつを食べ終わり暫くした頃から眠り始め、かれこれ2時間は経っている。

それでも起きる気配のない実を、長谷川は暇を持て余し眺めていた。

「・・・・・」

長谷川の仕事は実の護衛である。

護衛と言う名の見張りであり介護であり子守なのだが、何にしても実は手の掛かるタイプではない。

実に必要とされない場面──彼が一人で遊んでいる場面も多く、そんな時は暇潰しに携帯やゲームを触っている。

他にも長谷川の「暇つぶし」は多種に渡り、故にこの家はいつも彼の手により綺麗に磨き上げられていたが、今はそのどれもする気にならなかった。

暇だ。

退屈だ。

「する事、ねぇなぁ」

独り言を呟いてみても、すぐ近くで実が寝ていると思えばその声も潜められる。

所詮、長谷川は根っからの「お兄ちゃん気質」なのだ。

「実さん、よく寝てるなー」

無防備に身体を晒し眠る実。

普段からとうてい18歳には見えない面持ちは、寝顔になると更に幼く映る。

ゲイでもバイでもなく、女の身体が大好きだと豪語している長谷川から見ても、実は十分に可愛らしかった。

「・・・実さん、顔だけ見てると女みてぇ」

柔らかい髪は少し長めで明るめ。

そのうえ、気の抜けた能天気な表情をしていれば、ふとそう見えてしまっても仕方が無いかもしれない。

「知らないやつに女だって言って見せたら騙されるかも。化粧なんかしなくても、スカート履いて、髪もこう・・・」

結んだらどうなるのだろう、と長谷川は寝ている実の髪を一房手にすると頭の上に持ち上げた。

「・・・・」

適当にそうしただけだというのに。

それは長谷川の曖昧な予想など遥かに飛び越えてしまうものであったのだ。

長谷川は弾かれたように立ち上がって辺りを見渡し、目を凝らしてあるものを探すとカウンターの上にソレを見つけた。

足早に取りに行き、目的のものを手に戻ると長谷川は再び実の髪に触れた。

丁寧に髪を一束を取り、馴れた手つきで先ほど取って来た輪ゴムで結びあげる。

一般的な観点で考えるなら、輪ゴムで髪を括るなど眉を顰められてもおかしくは無いが、大家族で大人の数より子供の数の方が多かった長谷川家での常識は大衆と異なり、この程度日常だ。

何人もの妹のヘアセットをしてきた長谷川は器用に、無様になる事もなく左右対称の部分的なツーテールを作ってみせた。

「・・・・」

改めてそうして見てみると、子供っぽい髪型が実の幼い寝顔にマッチし、可愛いとしか言いようがない。

長谷川ですら、一瞬ドキッとしてしまった。

出来上がった素晴らしい作品を是非写真にでも収めたかったが、もしも遠藤にばれたならばどうなるだろう。

叱責などという生ぬるいもので済むなら良し、彼の機嫌が悪ければ私刑のを食らわされるかもしれない。

写真を撮った事はもちろん、実で遊んだとも受け取られてしまいそうだ。

「・・・・取ろう」

誰にもばれる前に無かった事にしてしまおう。

ここには長谷川と実以外に居ないし、実本人は何も知らず寝続けている。

自らで結い上げた実の髪に手を伸ばしたその時、たった今までぐっすりと眠っていた実が突然目を覚ました。

「うっわっ・・実さん、起きたんすか」

「・・・・おはよぉ」

なんてタイミングが良すぎるのだろう。

腕を上に伸ばし伸びをする実は、髪型の変化になど気が付いていないようである。

実が動く度に、その頭部で可愛らしく髪が揺れた。

どうするべきだ。

気づかれないように取れればベストだと思うのでもう少しだけ様子を見て、もしもそれでも取れそうになければ謝って取らせてもらうしかない。

とはいえ、相手は実なのだから隙なんていくらでもあるだろう、そう考えていた長谷川の目論見は、すぐにかき消された。

寝起きのままぼんやりと実が座っているソファーの後ろに何気ない仕草で長谷川が回ると、まるで彼の目論から逃れるように実が立ち上がった。

「え?実さん?」

「ゆた、帰って、きた」

「・・・え?」

実の言葉を受け耳を澄ませると、確かに開錠そして扉が開けられる音が聞こえる。

まずい。

こんなにも早い時間に遠藤が帰宅するなんて聞いていない。

実で遊んだなどとばれる訳には行かず、一刻も早く実の髪を元に戻さなければと焦る。

すると気ばかりが先行したのか足が絡まってしまった。

ソファーを迂回するだけだというのに側面に身体をぶつけてしまい、実に追いつくよりも早く、廊下とリビングを繋ぐ仕切り扉が開けられてしまった。

「・・・・・・」

「ぅ・・・・」

今日も今日とて鋭い相貌を湛える遠藤、そしてその背後に千原。

見慣れた光景ではあるが、今の長谷川には余裕のかけらも持てる筈もない。

当然と言えば当然だが、遠藤もそして千原も、実の頭上に視線を注いでいる。

動く度に揺れるウサギの耳のような髪。

けれど二人とも何も言わず、それが長谷川にはかえってとても恐ろしかった。

「ゆたぁ、おかえり」

頭上に結われた髪の束を揺らしながら、実は遠藤の胸へと飛び込んだ。

「あ、あぁ」

長谷川はじりじりと遠藤を避けながら、なんとか千原の後方へ回り込む。

まるで、悪戯がばれた為怒られると解り母親の後ろに隠れる子供で、それに気が付いたのか千原は呆れたようにひっそりとため息を吐いた。

「何やってんだ、お前」

「いや・・その・・・すみません」

「実さんで遊びやがって。頭が気に入ったんじゃなけりゃぁ、どうなってたか解ったもんじゃねぇぞ」

「・・・は?気に入った、すか?」

「あぁ」

じっと遠藤を見据えている千原の視線を追うと、今まさに遠藤が実を抱き上げているところであった。

「風呂・・・は、もったいねぇからベッド行くぞ」

「・・・えっち、するの?」

「そんなとこだ。夜まで長ぇから頑張れよ」

長谷川にも千原にも目をくれず、遠藤は機嫌良さげに言うと寝室へと消えて行った。

寝室の扉が閉まる音がやけに大きく感じられる。

お咎めは無し、それどころか千原の言うように遠藤はあの実を気に入ったのだろうか。

考えもしなかった展開にすんなりと受け入れられず、喜ばしい事の筈なのに呆然としてしまう。

「・・・頭は、可愛い実さんが好きなんすかねぇ。だったら今度スカートでも履いてもらおうかな」

冗談、というよりはなんとなく勝手に口から出てしまった呟きに、「調子に乗ってると殺されるぞ」と千原はもう一度ため息を零したのだった。


+目次+