三城×幸田・お礼用S・S
(着任の時)



GW明けの月曜日である。

久々に出社した三城は、オフィスに着くなりすぐさまクラインに呼びつけられた。

用件は大まか想像がつく。

この後行われる、社内放送でのクラインと三城の着任挨拶についてだろう。

クラインはその放送を取り仕切っている北原と打ち合わせをしていると思うが、渡米していた三城は彼からメールで連絡を受けただけだ。

だが、そんなスピーチの一つや二つ、即興だとしても問題ない。

平然といっそ冷たい面持ちを湛えた三城は、個室として与えられている事務室にブリーフケースを置くとフロアの違うクラインの部屋へ向かった。

その隣の部屋、新たに三城の専用となった副支社長室へは午前中の間に移動する。

急な引越しではあるが、先延ばしにした所で暇が出来る訳でもない。

ならばさっさと済ませてしまうに尽きる。

それに、その方が北原も喜ぶだろうと考えてしまえば、公私混同している己へ自嘲のため息が漏れた。

「───三城です。失礼します」

荘厳な木製の扉をノックし、返事を待ちそれを開く。

今の自分の事務室の倍はあるだろう広い、そして大きな窓から光が差し込む室内に足を踏み入れると、クラインとそして北原が居た。

北原は今日から今まで通り三城のサポートに戻る筈だ。

いくら始業前の時間とはいえ、何をしているのかと自然と双眸が顰められると、北原は弾かれたように三城の元へ足を向けた。

「おはようございます。部長」

「おはよう。・・・レイズ、おはようございます。昨日はプライベートなお時間に申し訳ございませんでした」

だが三城は側に寄る北原をチラリと見やっただけで、彼を通り過ぎワークデスクに構えるクラインの前に立った。

今日から日本支社において一番の権限を持つ男。

そして近い将来C&G全体を統べる男。

彼は青い目を細めると僅かに唇を上げて見せた。

「おはようハルミ。昨日はキョウイチと会えて私も嬉しかったのだから、何も気にする事はない」

座ったまま三城を見上げ、真摯に言葉を放つ。

深い声音はただそれだけで耳を傾けてしまい、話し方一つとっても彼は人の上に立つべき存在なのだと教えられる。

「それよりも、放送はここで並んで行うらしい。シュミレーションでも?」

「いえ、必要はありません」

「そうか。ハルミらしい」

「時間まで私は事務室移動の準備に当たらせて頂きたいのですが」

「あぁ、構わないよ」

「失礼します」

一礼を残し、三城は踵を返した。

その後を北原はすかさず追う。

そんな事に妙な満足感を得るなど、幼稚な事だ。

「部長、移動に必要かと、ダンボールを数個用意しています」

「そうか」

移動を本日行う事は伝えていなかったというのに、三城の性格を見越して準備をしていたのか。

クールにさらりと言った北原は既に違う話を、この後行われるスピーチについて話している。

───これだから、彼以上の代わりが見つかるまで絶対に離したくないと思ってしまうのだ。

「移動についてだが、私の私物以外は君に任せる。今日中に運んでくれ」

「はい。解りました」

エレベーターが下降する。

通いなれた事務室への廊下を、早足で歩いたのだった。



***************

クラインが支社長に着任するのだろう、という事については、社員の大方が予想していた。

この時期に本社の社員が単独で乗り込んで来たのだ。

改めて「そうだ」と言われても容易に納得が出来た。

だが、そのサポート役とも言える副支社長にあの海外営業部部長の三城が就くとは誰も考えもしなかっただろう。

しかも、今でも多忙を極める彼が両職を掛け持ちをするのだ。

着任を伝える社内放送を見た後、オフィス中が騒然となった。

中には不満を口にする者もいたけれど、だがそんなものは唯のやっかみにしか聞こえない。

「・・・・ま、適任ちゃぁ適任じゃね?三城部長の実力つーか、手腕なんて、やってみなくても解るし」

誰かがボソリと呟いた。

決して大きな声ではなかったけれど、その言葉に皆が同調し、ざわめきは収まった。

朝の海外営業部、第三課。

己が部署の長の異例の昇格に、どこか誇らしげなのであった。




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