ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(上杉の同僚)


有り触れた平日の午後。

オフィスにある専用の事務机に向かいパソコンに集中していた田上【たがみ】は、突然肩を叩かれゆっくりと振り返った。

「田上、確認したい事があるんだけど」

「あぁ、何だ?」

「これ。この伝票なんだけど・・・」

数枚の紙の束を片手にそこに立っていたのは同期の同僚・上杉だ。

視線が合うと柔らかく目を細めた彼は、事務椅子に座る田上に視線を合わせるよう腰を折った。

伝票を指で示しながら説明を始める上杉の顔が田上のすぐ隣に来る。

横目で見た真剣なその面持ちからは、男色家ではない田上をも一瞬ドキッとさせる清潔な色気が漂っていた。

「───・・・なんだけど、解るかな?・・・田上?」

「あっ、あぁ、悪い。待って、それならたぶん・・・」

ハッと我に返ると、上杉の視線から逃れるようにパソコンのモニターへ顔を向けた。

何をやっているんだ。

仕事中に同僚に、それも同性の男に見惚れてしまうなんてゲイでもあるまいし。

バツの悪さから自分自身を罵ったものの、田上は今しがた見てしまった上杉の横顔が忘れられなかった。

上杉は、以前からあんなにも───美人だっただろうか。

「・・・・・」

脳裏に描かれ続ける幻影を見つめながら沸き起こった疑問に、けれど直ぐに自身で否定をした。

そんな筈は無い。

振り返って思い出す過去の上杉は、美人どころか陰気な雰囲気を纏っていたではないか。

同期入社の為、初めて彼と会った時の印象は他の先輩や後輩よりも強く、そしてその時『見た目も喋り方も暗い奴だ』と感じたのだと鮮明に思い出した。

長い前髪が鬱陶しくて顔をはっきり見てやろうとも思わない。

ぼそぼそとした喋り方が会話をする気分を殺いでいく。

彼が何故経理部に配属されたのか、誰に聞かずとも理解出来る気がした。

こんな陰気な奴が取引先を周ったなら、纏まる契約も纏まらないだろうと思わせたのである。

そんな上杉が今のように変わったのはいつの頃だっただろうか。

以前は目元を隠していた前髪も黒ぶちの眼鏡も無くなってしまえば、彼の瞳は大きいのだと知らせてくれる。

表情も晴れ晴れと明るく、ついそちらに視線を奪われた。

一年前、半年前、三ヶ月前、と季節毎に振り返ってみても、毎日顔を合わせている同僚の変化を思い出すのはなかなかに困難だ。

だが、女性社員達が上杉を「格好良い」と噂し始めたのは一ヶ月と少し前からだったように思える、と男のちゃちな嫉妬心がつまらない記録を残していた。

「・・・・あ、これか。それなら多分京都の件じゃないか?だったらこっちだな」

「ごめん、調べてもらっちゃって」

「別に、それくらいお互いさまだろ」

田上は上杉に視線を向ける事無く言うとキーボードを叩いた。

頭の横では上杉が同じモニターを覗き込んで居り、意識してしまえば余計、急激に綺麗になった彼が気に掛かってしまった。

仕事を頼まれたり調べ物を頼まれたり、という用件に課で一番巻き込まれているのは上杉本人だろう。

黙々と仕事をこなしていくタイプの上杉は雑用や残業を押し付けられ易く、そして彼は愚痴の一つも零す事がなかったからである。

とても勤勉で仕事のミスもあまり聞いた記憶がなく、加えて変化を遂げた後の彼ははきはきとした喋り方に明るい笑顔とあり、今ならばどこの部署でも活躍出来そうだ。

「あったぞ。14日だな」

「ありがとう。これで書類が作れるよ」

「どういたしまして」

もう一度「ありがとう」を残して自席に戻っていった上杉を、田上は無意識に視線で追っていた。

人は簡単に変わらないものだと言う。

けれど、簡単に変わってしまう時があるのも事実だ。

「・・・・・彼女でも出来たのかなぁ」

そういえば上杉は毎日どこか楽しげにも見て取れる。

離れた場所からじっと眺めてしまっていた田上に気が付いたのか、彼は此方を向くとニコッと笑ってみせた。

「・・・・」

あ、可愛い。

そう思ってしまった田上は、同じ年の同性に感じたそれに自己嫌悪を感じながらも、頬が赤らんでしまうのをなかなか止められなかったのだった。



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