クライン×北原・お礼用SS
(北原の弁当・前編)



書類の製作を待たされていたらすっかり休憩時間になってしまった。

その上、すぐに確認を貰って来て欲しいと言われる始末で、北原は受け取ったばかりの書類を手に最上階の廊下を早足に歩いていた。

切羽詰まった案件である為、時間が押しているのは十分に解る。

北原は一応腕時計で12時を数分越えている事を確認しながらも、三城の執務室をノックした。

返答を待ち中に入ると、以前よりも一周り広くなった部屋で三城は嫌な顔一つせず、北原にとって見慣れた冷淡で真摯な面持ちを向けた。

「どうした?」

メリハリが無い、と陰口を叩く輩も居るが、休憩時間や残業も省みずワーカホリックに仕事へ取り組む三城に未だに憧れを抱いている。

彼のようになりたい。

そして叶うならば、彼のように公も私も充実させたいというのが今の北原の目標だ。

「休憩時間中に申し訳ございません。こちらの確認をして頂きたいと2課の課長が仰っていて」

「構わない。あぁ、これか」

渡した書類を黙読する三城の傍らで、北原は片付けられたワークデスクに鎮座する物に視線が吸い寄せられていた。

何度か目にした事のある三城愛用の、けれど彼の趣味ではないような一目で大量産品だと解る弁当箱。

「・・・・」

元々、三城春海という男は全身を有名ブランドで包んだような人物だ。

スーツやネクタイといった身に着ける物はもちろん、ペンや手帳やちょっとした物まで全てがそうである。

そしてそれらは決して名前だけではなく、物の価値を知らない人が見てもどこか高級感や好印象を受けるだろう品々。

良い物を良いと理解して選択しそれがたまたまブランド品であった、かのような雰囲気だった。

けれど、そんな彼の昼食は意外な事に、コンビニで購入したチープで安易・簡易な物が多かったと側近である北原は良く知っている。

理由は時間が惜しいから。

昼休みも決して全てを休息に当てる事無く、さっさと食事を終えると業務に戻るというのが彼の定番だ。

けれど、それも数ヶ月前までの話。

初めてそれを───三城には似つかわしくない大量産品の弁当箱を見た時の北原は大変驚き嫉妬すら覚えてしまったが、今は当然のように感じていた。

「・・・」

三城の昼食がコンビニ弁当から愛妻弁当に変化を遂げたのは春辺りだっただろうか。

彼が最愛の恋人と同居を始めた時期だ。

その為、その弁当の製作者は考えるまでもない。

たまたま数日前に会った、男のくせにやたら綺麗な三城の「愛妻」の面持ちがふと脳裏に思い浮かぶ。

彼は綺麗なだけではなく、とても家庭的でもあるようだ。

三城の向こう、堂々ワークデスクに鎮座しているまだ手付かずの、蓋を開けただけの状態のそれは、レシピブックでもお目に掛かれないような豪華華美な物であった。

たった一口のおかず一つ一つがとても手が込んでいる風に伺え、品数も豊富。

桜でんぶでハートマークなど描かれていなくとも、そこからは十分過ぎる程に愛情が伝わって来た。

羨ましい、と感じたのは、幸田自身にでもましてや三城にでもない。

「───・・・問題はない。これで進めるよう伝えてくれ」

「わかりました」

「北原も休憩時間に悪いな」

「いえ、まだ時間はありますから。ではお伝えして来ます。失礼しました」

朝購入した物を喉に押し込むには十分な時間が余る筈だ。

以前の三城がそうであったように、昼飯など腹を満たし夜まで仕事に集中出来るエネルギーとなればそれで良いと考えている。

けれどもしも、弁当などというものを北原が作れば彼は───付き合って間もない人生初の恋人は、どう感じてくれるだろうか。

出てきたばかりの扉と並ぶ支社長室を眺め、北原は彼を思い浮かべては知らずうちに頬を赤らめていたのであった。



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