ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(大阪に行こう!)


中里の盃式に伴い来阪が決まった。

日時が決定したのこそつい今しがたではあったが、近々の大阪行きは予測の出来ていた祭事だ。

先日香坂若頭が中里をそして宮川組長を訪ねて来た時より、それに向かい準備を進めていた。

遠藤にとって、出張や遠征の類は頻繁にある仕事の一つ。

それというのも、中里よりも自由に動ける点が大きい。

その為大阪に出向くとなってもそれ自体は何も特別ではなく、いっそ隣県に出かけるのと大差のない感覚だ。

だが、ただ違うのは今回の日数、そして実の存在。

実を引き取ってから数ヶ月、この間にあった遠出は精々中一日。

今回のように数日に渡る留守は初めてで、そんな期間実を一人にするのは不安であるし、長谷川に任せっきりというのも癪に障る。

そして何よりも遠藤が寂しくて仕方が無いと、決して口に出来ない想いが胸を支配した。

実を同伴させる、それは大阪行きの話しが持ち上がった時点で決めていた事だった。


***

「実、来週大阪行くぞ」

帰宅するなり、ソファーでテレビを見ていた実に歩み寄った遠藤は、流れるような登園だとばかりの自然な動作でその小柄な身体を抱き上げた。

いくら食べさせても贅肉も筋肉も付きにくいあたり、実は基礎代謝が良過ぎるのだろうが、遠藤からすればもう少し太らせたいくらいだ。

ソファーに腰を下ろしその膝に実を乗せてやると、向かい合った格好の実はヘラリと笑った。

「ゆた、おかえり。おつかれさま、でした」

「あぁ。ただいま。今日は何してたんだ?」

「・・・おおさか、いくの?」

べったりと身体を密着さえ遠藤の首にしがみ付いた実は、じゃれるよう頬を摺り寄せる。

まるで犬か猫のように全身で甘えてくる実が可愛くて仕方がなく、遠藤はつい頬を緩め鼻先を掠める実の髪を撫でた。

会話がかみ合っていない、というのは今更一々気に掛ける程度のものではない。

「行くぞ。仕事絡みだけどな、実も一緒だ」

「・・・・・みの、も?」

実は意外だとばかりの素っ頓狂な声を上げた。

それがあまりにおかしくて、遠藤は喉の奥で笑い出しそうな所を堪える。

よくもまぁ、そんなにコロコロと表情や感情や声を変えられるものだといつもの事ながら関心してしまう。

隙間なく引っ付いていた胸を腕で突っ張れる距離まで離れ、実はじっと遠藤を見詰めた。

「あぁ、実もだ。嫌か?」

「ううん。みのも、ゆたといっしょに、おーさかいく」

「そうか。あんまり構ってやれねぇかもしれんが、観光くらいしような」

もちろん元々観光などという日程は組のプランに含まれてはいないが、なんとかなるだろう。

この際、無理やりでもこじ付けでも時間を作ってやる心意気だ。

だが、遠藤が希望の観光スポットを尋ねるよりも先に、実のやけに明るい声音にそれを打ち砕かれた。

「ゆた、おーさかなに?ごはんたべる、とこ?」

「実、大阪知らねぇのか?テレビでも見てりゃぁやってるだろ」

「ん・・・う?」

ヘラッと笑い首を傾げる実は解らないというのを誤魔化しているのが明白で、いつ何処でこんな仕草を覚えたのかと内心ため息を吐く。

新しい知識を覚えるのは大いに結構。

だが、妙な───遠藤の実にだけやわな心を容易に揺さぶるものは止めて頂きたい。

魅惑と困惑に眉を寄せる遠藤に、千原が後ろから声を掛けた。

「頭、実さんはアニメや児童向け番組、それから海外ドラマと外国語講座など教育テレビをご覧になってる事が多いそうなので」

「・・・バラエティーとか見てねぇんだったら知らねぇってか」

それにしても、なんとも両極端な番組選択な事だ。

実らしいといえばそうであるが、どれにしても付き添って鑑賞しているだろう長谷川は退屈で仕方が無いと思われる。

「うん。みの、わかない」

「そうか。大阪はな、西にある地名だ」

「にし?・・・とおく?」

「そうだな。近くはねぇだろ」

遠藤にとって「遠く」はヨーロッパやアメリカなどを指し、数時間で到着するそれも国内は決して「遠い」感覚ではないが、実にとってはどうか。

実を病院から退院させ数ヶ月、関東どころか東京すら脱出させた覚えがない。

「実が今まで行った一番遠くじゃねぇかと思うぞ」

「わー。とおく、なんだったらね、しんかんせん、でいく?」

「新幹線?いや、今回は車だ」

正確に言えば「今回も」である。

若頭に就任して以来、公共交通機関を利用する機会は途端に減った。

海外に出かける時は甘んじせめてもと護衛を増や飛行機を利用しているが、中里には自家用ジェットを使わせているくらいだ。

彼がメインである国内の移動で車で無い方が少ない。

「みの、しんかんせん、のりたい。とおく、いくの、しんかんせんのれる、いってた。てれびで」

「悪ぃな。またの機会な」

とはいえ、またの機会などいつ訪れるか不明だ。

当分の間は新幹線などという逃げ場の無い物に乗りたいとは思わないし、実を同行させるなら尚更危険な橋は渡りたくない。

もちろん、遠藤の中に「実とその付き添いだけで新幹線に乗せる」などという選択肢は存在しない。

平然と心にもない事を口にした遠藤に、実は満面の笑みを浮かべてみせた。

「うん。ゆた、やくそくね。みの、しんかんせん、たのしみー。あのね、今日はね───」

離れていた頬が、遠藤の胸に擦り付けられ、先の質問の返答が楽しげな声と共に語られる。

叶えられる保障のない約束をしてしまった。

こんな調子だというのに記憶力だけは素晴らしい実はその約束を忘れてはくれないだろう。

遠藤を信じて疑わない実に、僅かに心苦しくなってしまったのであった。



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