ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(初めての大阪)



大阪に到着し息つく間もなく、遠藤は香坂組の面々の歓迎を受けるべくホテルへと消えていった。

大抵の場合遠藤の側から離れない千原も、遠藤が中里の補佐に付く時に限ってはそうではない。

それでも普段ならばいつでも遠藤の呼び出しに動けるよう近くに控えているのだが、今回はそれ以上に大切な用件を言い付かっている。

遠藤の何よりの宝、すなわち千原自身も命を代えてでも守るべき覚悟の出来ている彼の情人・実の護衛だ。

遠藤を下ろしたホテルの地下駐車場にて国産シルバーカラーのダミー車に乗り換え長谷川も合流させると、千原は珍しく運転席に座り車を発進させた。

今でこそ助手席に乗る場面が多いが、運転テクニックにはそれなりの自信がある。

少なくとも交通ルールを解っているのかいないのか、ただ飛ばすばかりの長谷川よりは何倍も優れていると言い切れた。

「ちーちゃん、どこいくの?」

広い後部座席に一人所在なさげにちょこんと座る実は、千原と長谷川といった見知った顔を交互に見やった。

バックミラーに映されたその表情が心なしか暗いのは遠藤が居なくなったからだろう。

大阪に着く前から散々に今日の予定を遠藤から言い聞かされていたし、実がそれについて嫌だと我侭を言うなどなかったが、それでも本心の寂しさは隠せないようだ。

「ホテルに向かいます。夕食もそこに準備をさせてあるので、今日はゆっくりと休んでください」

「・・・ゆたは、おそい?」

「そう、ですね。お戻りの予定は未定との事ですが、香坂組の若頭とご一緒ですので、朝まで、というのもありえるかと」

「そっか。おしごと、だもんね」

「・・・」

思えば、千原が遠藤抜きで実と接する機会はあまりない。

実のような純な存在とも触れ合った記憶は薄く、このような場面でどのような言葉をかけて良いかも解らず、頼みの綱とばかりに助手席の長谷川に視線を送った。

表情こそ変わらないものの千原の感情は正しく伝わったようで、長谷川は身体ごと実へ振り返る。

「実さん、今日は頭がいいもん用意してくれてるって聞いてますよ」

「いい、もの?」

「とっておきに旨いもんです。実さんだけの特別メニューですよ」

「とくべつ?」

「実さんサイズのお子様ランチだって頭が言ってました」

遠藤に頼まれホテルへそれを依頼したのは千原だ。

ランチではなくディナーであるし、お子様サイズではなく大人でも少し多めの分量。

それでも、ハンバーグやエビフライやと盛り合わされたプレートの端に飯を盛り旗を立てればそれは「お子様ランチ」だ。

「・・・おこさまらんち?みの、たのしみ」

「楽しみっすね。良かったっすね」

「うん」

実がヘラッと笑ったのを見届け、長谷川は前に向きなおった。

笑ってくれてよかった。

さすが毎日世話をしているだけありお手の物である。

「・・・助かった」

「いえ。別に普通の会話ですよ」

謙遜ではなく本気で言っているのだろう長谷川を見ていると、実の世話に彼を推薦した千原の判断は何一つ間違ってなかったようだと改めて感じた。

数分と行かないうちに到着したのもホテルで、エントランスではなく駐車場へ車を走らせる。

遠藤と別れたホテルと比べてもなんら見劣りのしない有名高級シティーホテルで、中里が予め手配していたものの一つだ。

満車に近い込み具合でエレベーターの近くのスペースなど空いている筈もなかったが、千原の運転する車が近づくと一つの見知った車が場所を譲ったのでそこへ車体を収めた。

トランクに収めた荷物は別の舎弟に任せ、実の手荷物だけは長谷川の手に、3人は駐車場のエレベーターから直接客室へ向かった。

「わっ。ふかふか・・・」

一歩ホテルへ足を踏み入れると、廊下やエレベーター内部、至るところ隙の一つもなく贅沢な絨毯が敷かれている。

更に、目的の部屋へ続く廊下に至っては、客間のランクに合わせてかより一層上質だと歩いているだけで解った。

馴れなければ普通の人でも歩きにくいだろう程柔らかいそこは、足の悪い実にとっては尚の事容易にはいかないようだ。

「実さん、大丈夫っすか?」

「ん・・・うん」

「ほら、無理しないで手、貸してください」

「ありがと、じゅんくん」

遠藤が居ない時に実と接する機会の少ない千原にとって、長谷川と実の会話ややりとり一つとっても目の前で見るのは初めてに近い。

長谷川にしても今は遠藤の不在とあってか、千原の存在など有って無いに等しい程実を優先している。

それは職務として正しい事なのだろうが、何の躊躇いもなく実の手を取る姿を見ると、遠藤に心服している千原には複雑な心境だ。

「・・・・実さん、足痛いんですか?」

「・・・」

「・・ちょっと、だけ。でも、だいじょうぶ」

「実さんのちょっとはちょっとじゃないでしょ。痛くなったら直ぐ言って下さいって言ってるのに」

「ごめんね、じゅんくん」

「これからはちゃんと言ってくださいね」

「うん」

さも自分が悪いとばかりに上目遣いになった実に尚キツイ口調で言った長谷川は、手を繋いだ時と同じ程当たり前だとばかりに、見るからに軽そうなその身体を抱き上げた。

抱きしめるのでは決してなく、むしろ俵抱きに近い。

ぞんざいに扱っているとは感じないものの愛しさも感じられず、もちろんそこから性的な要素は伝わってはこない。

どんなに声を低くしてみせても長谷川が実を心配しているのも解るし、何より何も言わないにも関わらず実が足を痛がっていると察する事が出来たところには感嘆している。

千原には足を引きずる実の姿の違いなど解らなかった。

だが、万が一これを遠藤が知ってしまえば、と思うと千原は冷や汗ものである。

人一倍実の独占欲が強く、普段から長谷川に対し理不尽にも思える───実に触れた・着替えの為とはいえ裸を見たなどと言っては暴行を加えている遠藤だけに、今のこれは如何なものか。

「おい、長谷川。あんまり実さんに・・・」

「兄貴、なんすか?」

「いや、実さんに触り過ぎるのも・・・な。また頭に殴られんぞ」

「そうっすよね。これ、頭見たらぜってぇ怒りますよね。じゃぁ、見なかった事にしてください」

「・・・おい」

「仕方ないじゃないっすか。痛がってる実さん歩かせれないし、それに部屋、直ぐそこだし」

「それもそうなんだが・・・」

もちろん長谷川の行動も言葉にも納得は出来る。

いくら近い場所だとはいえ、足に痛みを感じている実を歩かせる方が余程酷い。

とはいえ、千原はどうしても遠藤寄りの考えになってしまうらしい。

「ちーちゃん。じゅんくん、おこったら、だめだよ?みの、ありがとう、だから」

「・・・はい。わかりました」

早足で客室を目指す長谷川。

肩に担がれた実は後ろを歩く千原に手を伸ばす。

すかさず長谷川に動くなと言われている実に目礼を返し、せめて今見ている事は直ぐに忘れようと心に決めた千原であった。



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