ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(回ってないお寿司屋さん)



ある早く帰宅出来た日。

遠藤は実を連れ外食に出ようとしていた。

普段は食事よりもアルコール、好き嫌いや食べず嫌いも多い遠藤だが、実と一緒の場合は実の好みを優先している。

病院食の薄味、それも小児科の食事で育ったせいか実は極めてお子様口だ。

辛い物はダメ、苦い物もダメ、魚より肉が好みで甘い物は特に好き。

夕食など、食事ではなくアルコールとそのアテだけで済ます事も多かった遠藤とは正反対と言って良い。

けれど実が喜ぶならば、ピンクに彩られたスイーツ店にも、カップルばかりのイタリアンレストランにも、好んで行くだろう。

実を喜ばせる、それは遠藤にとって趣味のようなものだ。

実を抱き上げ、遠藤は自宅マンションのエレベーターに乗り込む。

今日は中里も早くに仕事を切り上げ、今しがた家まで送り届けたところである。

なんでも、湯沢が休みであるらしく帰ったのだが、以前はワーカホリック気味に連日深夜まで仕事関係で動き回っていた中里が休みを取るようになってくれたのは遠藤にとっても嬉い変化だった。

それまでは遠藤も多忙を苦に思ってなど居なかったが、中里同様恋人と過ごす時間が欲しくなったのだ。

「実、何食いたい?」

「みのね、おすし、たべたい」

遠藤の首にしがみ付き、実は声を躍らせた。

外食が嬉しいのか、それとも遠藤と一緒なのが嬉しいのか、なんにせよ実は上機嫌だ。

「寿司か?わかった、旨いとこ連れてってやるからな」

「うん。たのしみ」

寿司屋ならば贔屓にしている店がある。

地下駐車場の入り口で待たせていた愛車に乗り込むと、遠藤はその店名を上原に告げたのだった。




***********


木枠に擦りガラスが嵌め込まれたスライド式扉を開ければ、中はカウンター数席があるだけの店内。

カウンターの前のガラスケースには綺麗なネタが並ぶ。

壁に掛けられた品書きは時価で、そのうえ品書きにあったとしても旬でなければ置いていないし、書かれていなくとも珍しいネタが入っている場合もある。

こういう店では大将に任せるのが一番で、常連故に己の好みも知られている為安心だ。

実を持ち上げ敷居を跨がせてやりカウンターの中央に席を取ると、ポーカーフェイスの大将に遠藤が短く言った。

「任せる」

「はい。お連れさん、好みは?」

「苦いもんと癖のあるもんは避けてくれ」

「遠藤さんと別のネタになっても構いませんか?」

「あぁ。問題ねぇ」

実を連れていても色々と詮索されないのは良い。

関係を詮索されるのは隠していない為に構わないが、実との時間を他の奴との会話で邪魔されるのは我慢ならない。

熱茶を啜りながら思い馳せる遠藤の袖を、不意に実がグイグイと引っ張った。

「ゆたぁ」

「どうした、実。すぐ握ってくれるから待ってろ。それとも、食いてぇネタでもあんのか?」

「みのね、おすし」

「そりゃぁ解ってるが、寿司にもいろいろあんだろ。マグロとかイカとか」

「へ?」

「へ?ってなんだ。解ってねぇのか?」

実と知り合って数ヶ月。

当初よりも随分と実の思惟を理解出来るようになったとは思っているが、それでもまだまだ解らない事がある。

今のように、実が何が解らないのかが解らないというのが一番困ってしまう。

「実、寿司食った事あんだろ?」

「・・・みの、ちらしずし」

「握り寿司はねぇのか」

言われてみればそれは至極納得出来るもので、病院で握り寿司など出てくる筈もない。

寿司初体験ならばイメージがつかなくて当然かと、気の利いた言葉も浮かばないまま居る内に、大将が寿司下駄を実の前に置いた。

「お待たせしました」

「実食え。旨いのがあったらまた握ってもらえ」

一応だと箸を差し出してやったが、それを受け取った実は眉を寄せ遠藤を見上げた。

首を傾げ、妙な顔をしている。

困っているというよりも不思議でならない、とばかりで、頭の上にクエスチョンマークが飛んでいる風に伺えた。

「ゆた、これ、おすし?」

「あぁ。なんだと思ったんだ?」

「・・ここ、おすしやさん?」

「他にねぇだろ」

これほどまでに独特の店内なのだから、他に何に見えるというのだ。

これには、聞き耳を立てていた訳ではないだろうが会話が耳に入ったらしい大将も顔を顰めている。

だが、次の実の言葉に遠藤は、そして大将も呆然としてしまった。

長年寿司職人をしている大将も、初めて言われた言葉ではないだろうか。

「だってね、まわってない」

「は?」

「おすし、まわってない」

そりゃそうだ。

ここは回転寿司などと比べ物にならない本格的な寿司屋である。

むしろこちらが本物なのだ、と説明しようにも、果たして実に伝わるかは疑問に思えた。

「みの、まわってるのみたかった」

あたかも回転寿司が良かったとばかりの失礼極まりないセリフであったが、喋り方から実が健常者ではないと解ったのだろう。

普段は無愛想なまでの大将が、気を悪くした様子もなくむしろ声を上げて笑った。

「坊ちゃん、回って無くて悪かったねぇ。その代わり、味は絶品だって保障すっから、まぁ食ったってください」

「おいしい?」

「はい、回ってる寿司なんかよりもずっと旨めぇって言い切れますよ。最初は醤油も付けねぇで食ってください」

大将に促され頷いた実は、言われたままにそれを口にする。

実際に食べなくても絶品だろうと解る油の乗った大トロに、実はすぐに満面の笑顔になった。

「おいしい。おいしいね、これ」

「それは大トロです。その隣りは中トロで今のよりもあっさりしてるかと」

「気に入ったか?」

「うん。ゆた、つれてきてくれて、ありがと」

中トロを箸に挟み、実はパッと花の咲いた面持ちを遠藤に向けた。

実の当初の希望とは違ったようだが、結局は満足してくれたのだろう。

結果良ければ全て良し、遠藤は実の髪をグシャグシャと撫でた。

「いっぱい食えよ」

「うん」

「遠藤さん、珍しいもんが入ってますよ」

「あぁ、握ってくれ」

遠藤の分を差し出しながら大将は言う。

無愛想な大将と無愛想な遠藤と、それだけでは決して起こらないだろういつにない和やかな雰囲気だ。

今までを不満に思っていた訳ではないが、これもまた良いものである。

それもこれも実のお陰に他ならないと、遠藤は寿司を口に頬の緩みを隠したのだった。


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