ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実の主治医)


桜木総合病院・整形外科外来。

午前中の忙しない時間、予約患者から突発的な初診患者まで休む間もなく半個室の診察室を出入りして行く。

そんな中、部屋の主・整形外科医・松村【まつむら】は次の患者を知らされると無意識のうちに頬を緩めていた。

ここで彼を迎える日が来ようとは、つい数ヶ月前までは想像もつかなかった事だ。

「せんせぇ、こんにちわ」

「はい、こんにちわ」

扉を開けるなり元気良く挨拶を寄越した彼・実はニコニコとしながら患者用の丸椅子に腰掛けた。

その後ろにやけに眼光の鋭い男が付き添いとして入ってきたが、彼は何も言わないどころか笑みの一つも浮かべず扉付近に構えていた。

彼と会うのは二度目、実の退院の日以来で遠藤という名だと思い当たる。

「調子はどう?酷い痛みとか無かった?」

「うん。ないよ」

「頓服は飲んだ?」

「ううん。のんでない」

「そう、良かったね」

言いながら松村は実の膝に触れた。

膝に障害を抱える実は特に何と無くても経過を診る必要が有り、今日はその定期検診の日だ。

柔らかい素材の七部丈ズボンを膝の上まで捲り、直接患部に触れる。

どこか視線の痛さを感じながらも、実の膝を何度も曲げ伸ばしをすると松村は一つ頷きズボンを戻した。

「良好だね」

「いいの?」

「うん。以前と同じくらいに曲げ伸ばしが出来ているし、日常的に痛みがないなら問題はないよ」

「よかった」

「普段、実くんに変わりは無いですか?」

声のトーンを変え後方の遠藤に向ける。

やはり表情らしい表情を浮かべず強いて言うなら冷淡の一言である彼は、実をじっと見つめた短く答えた。

「無い」

「そうですか。もし何かありましたら予約の日以外でも診察に訪れてくださいね。実くんは多少無理をする傾向がありますから」

「解っている」

きっぱりと言い切る遠藤に、思わず乾いた笑みが浮かぶ。

笑みもなければ愛想の欠片も無い人だ。

けれど、彼はしっかりと実を見て、そして考えてくれているようだという事は伝わって来たのでそれはとても安心した。

「今日はお薬も無し。次の予約はどうする?三ヶ月後辺りが良いかな」

「ゆたぁ、つぎは?」

「いつでも良い」

「では、23日にしておきますね」

パソコンに向かい三ヶ月後の23日に予約を入れた。

「じゃぁ、お大事に」

「せんせぇ、ありがと。またね」

「ありがとうございます。・・・実、大丈夫か?」

「うん」

キーボードを叩きモニターから実に視線を戻すと、実は振り向き頷きながら遠藤に向け両手を差し出している。

唖然とする松村をよそに、遠藤は何も言わずさも当然とばかりに実を抱き上げ診察室を後にした。

「・・・元気そうだから、良かったかな」

最後の行動には驚かされもしたが、なんにせよ実は嬉しげだったので何よりだ。

実は小さな頃からとても長い間入院をしていた為、あの子の人生はこのまま続いていってしまうのかと本当に心配をしていた。

そうは思えど結局自分にはどうしてやる事も出来ず、実が退院すると決まった時は喜んだものだ。

だが、実の退院が家族でない、それも特Aに入院をしている暴力団関係者の病室に頻繁に出入りをしている人物に引き取られるが故だと聞かされれればとても複雑な心境になった。

実の両親も病院長も許可を出したと言うのだから問題は無いと言えなくはないが、けれどヤクザはヤクザではないのか。

引き取って行った所で真っ当に扱ってくれるのかも不明で、よもや違法な事件に巻き込まれやしないかと気が気ではなかったのである。

だがそれは一切の杞憂に終わってくれたようだ。

入院をしていた時も決して暗い子では無かったがどこか諦めがちな印象も受けていたが、けれど今日久しぶりに会った実はそれは元気そうで明るかった。

楽しく幸せに暮らせているようで、とても大切にも扱われているのだろうと、粗末に扱えば途端に悪くなってしまう実の膝を見れば一目で解った。

よかった、その想いが繰り返し胸に宿る。

三ヶ月後の定期検診でもまた、実は明るい笑顔を見せてくれるだろうか。

温かい感情になった松村は、次に当たった気難しいと評判の年配の女性患者すら、気持ちよく診察出来たのだった。


+目次+