ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(キーケースの行方・前編)


実を引き取ってから数日の事。

ようやく新居にも馴れたある日、遠藤が帰宅すると眉を下げた実が玄関で出迎えた。

朝見た、そしていつも見せる能天気とも言える明るい表情が無いというのは心配を通り越し不安になる。

メインルームに向かいながら、遠藤は実の軽い身体を抱き上げた。

「どうした、実。何かあったのか?」

「・・・あのねぇ・・」

口を開閉させても唇を動かすばかりで実は何も言わない。

余程複雑な用件なのかと反射的に遠藤留守中の実を預けている長谷川を睨み付けたが、奴は奴で縮み上がるばかりだ。

これは長期戦になるな、とソファーに腰を下ろし、実を膝に乗せたままネクタイを緩めた遠藤は千原にアルコールの準備をさせた。

元々非常に短気な遠藤が実のゆるやかな時間に合わせる為にもっとも効果的なのは、別の用件で気を紛らわす事だと数日の間に学んでいる。

膝の上の実は相変わらずの様子だったが、急かさない遠藤に安心したようで胸元で手を動かしながらぼそぼそと言った。

「ゆたぁ、あのね・・・ないの」

「何がだ?無くなったモンがあるんだったら、また買ったら良いだろ。明日にでも買いに行け」

「そうじゃなくてね・・ゆたから貰ったやつでね・・・」

「俺から?」

『そうじゃなくて』が何を指すのかは解らないが、買い与えたという意味では今実が身につけている物・使用している物、全てがそうだと言える。

たが、どうにも様子がおかしい。

見れば実は両手を使い指で四角を作っていると知れた。

実が言いたいのは、その四角い何かなのだろう。

「どんなモンだ?名前、解らねぇのか?」

「えっとね・・あ。がき。かぎ、いれるの」

「・・・あぁ、キーケースな。そういややったな」

覚えが薄いがそれもその筈。

それは遠藤自身が選びプレゼントしたものではなく、加奈子が遠藤のポケットに忍ばせた物を捨てるよりかはと実に渡したに過ぎない物だ。

そんな遠藤も忘れていたものを、実は大切にしていたとはたった今まで知らなかった。

「それが無くなったのか?」

「・・・うん。ゆた、ごめんね?ゆたから、はじめてもらったの、みのなくした・・・」

「それは構わねぇが」

元より遠藤からの贈り物というにも微妙な物だ。

そんな物の有無はどうでも良かったが、実のあまりの落胆振りが見ていられない。

大丈夫だと、あんな物はどうでも良いのだと言ってやろうかとも考えたが、何故かそれは躊躇われた。

代わりに口を吐いたのは、高慢とも言える笑みとそして肯定の言葉だ。

「実、大丈夫だ。俺が探してやるからな。だから、そんな顔すんな」

「・・・ほんと?ゆた、さがしてくれるの?ありがと。ゆた、だぁいすき」

じっと遠藤を見つめた後、言葉を理解したらしい実はパッと笑顔になり遠藤の首に両腕で抱きついた。

全身を預けてくる実が愛しくて堪らない。

シャンプーの香りが鼻を掠め、柔らかい髪が頬に当たればくすぐったくて、どうにも実に対する気持ちが溢れて仕方が無い遠藤であった。




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実の言葉を受け、すぐさま唯一寝室への入室を許可している千原がそこを含め密かに家中を探したが、目当てのキーケースは無かったという。

翌朝一番で桜木病院に電話したが、実の病室に忘れ物は一つもなかったし、病院自体にも落し物は届けられていないらしい。

前に数日過ごした家も同じくで、つまるところ心当たり全てを探しても見つからなかったのだ。

それでも遠藤が千原を責めなかった理由は、二人揃った意見として先日谷村に攫われた時に無くしたのではないか、というものだったからである。

あの時、実のズボンと下着は行方不明になっていた。

どうやら奪われた末に燃やされたか海に捨てられたかしているようで、件のキーケースを肌身離さず持っていたという看護師の話を信じるならば、ポケットに入れられたままズボンと一緒に消えたと考えるのが妥当だろう。

無い物は見つけられない。

それは当たり前の事だが、けれど遠藤は実に「探してやる」と約束している。

決して確約をした訳ではないが、けれどもし「出来なかった」などと言えば、実は昨日以上の落胆を見せるに違いない。

遠藤に寄せられていた信頼も失わせる事になるやも知れないと思えば、そんな言葉は口にしようとも考えられなかった。

「カシラ、どうしますか?」

「・・・加奈子に連絡入れろ。あのキーケースと同じ物聞き出して買って来い。絶対間違えんなよ」

「はい」

「それから、合鍵用意しとけ」

キーケースの行方を捜し病院へ電話した時、たまたま受話器に出たのが実を良く知る看護師で、彼女から実が「キーケースの中に入れる物」を欲しがっていたと聞いたのだ。

「あんな物が、な」

正直、実が落胆してまで欲しがる価値があるとも思えない。

実質的に実に不必要な物だ。

それならば、今実自身が欲する物を何でも買ってやりたい心境ですらある。

服でも靴でもゲームでも何でもいくらでも与えてやれるのに、などと感じながらも、遠藤はキーケースを手に入れる指示を変えようとは微塵も考えなかったのだった。



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