ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(千原さんの小料理屋さんの)



ここのところ長谷川は頻繁に顔を赤紫に腫らせている。

服装や髪型からいかにもチンピラな長谷川は、殴られたと一目で解る怪我もある意味似合っていたが、だがその要因が喧嘩などでないと千原はよく知っていた。

誰あろう、千原自身が忠誠を誓っている遠藤に与えられた制裁である。

長谷川を遠藤の情人・実の護衛に指名したのは千原で、その期待を裏切らず長谷川は十分に使命を果たしていると思う。

だが、頑張れば頑張る程、かえってそれが遠藤の怒気に触れるという皮肉な結果となっていた。

殴られる理由としては、実と手を繋いだ事や実を抱きしめただというものだが、手を繋ぐのは実の歩行が不安定であるから、抱きしめたのも「抱きしめた」よりも「抱き上げた」が正確で、長谷川の不祥事ではなく遠藤の嫉妬である事は明らかだった。

とはいえ、上役が絶対なヤクザ社会において千原は遠藤に意見するほど愚かにはなれなかったが、けれど長谷川が可愛がっている弟分だというのも事実。

そんな彼をたまには労ってやろうと、千原は長谷川を連れ出し夜の繁華街へと訪れていた。


******

華やかに賑やかな通りを一歩中に入り幾分静かになった一角に千原の目当ての店はあった。

外壁からして和風調で、細い植木が風流にライトに照らされている。

暖簾が掛けられた向こう木枠のスライド式扉を開け、長谷川は千原の後に続きカウンター数席が並ぶだけの店内に足を踏み入れた。

「いらっしゃい。あら、一成さん。それに純くんも」

「急に来て悪かったな。なんだ、暇そうじゃねぇか」

「ご挨拶ね。たった今お客様がお帰りになったところですわ」

勝手知ったるとばかりにカウンターの隅の席に千原が腰を落ち着けると、アップスタイルで纏められた黒髪と和服姿が妖艶なこの店のママ・詩織【しおり】がコロコロと笑った。

長谷川も何度か連れて来てもらった事のある此処「小料理屋・しおり」は、直接千原から聞いた訳ではないが、どうやら本命の情人にやらせている店らしい。

つまり詩織がそれだという。

「詩織さん、俺も来ちゃってすみません」

「余計な事を言うな」

「そうよ。ここは小料理屋ですもの。お客さんは多いに越したことないじゃない」

ね?と軽く首を傾げる詩織はしっとりとした大人の色気を漂わせており、若い女をいくら知っていても二十歳そこそこの長谷川には刺激が強い。

「一成さん、お夕食は?」

「まだだ。適当に出してくれ」

「今日は良いお魚なんだけど」

「それで良い」

「純君も一緒で良いかしら?」

「あ、はい!俺は何でも。詩織さんの飯上手いんで、ほんとなんでも」

「あら、お上手。お料理が出来るまでまずこっちで待っていてね」

会話を交わしながらもてきぱきと動く詩織はそれぞれに突き出しを、そして千原の前に日本酒・長谷川の前にビンビールを置いた。

カウンターの中に見えた酒の一升瓶は千原の愛飲の物だとも知れる。

「お疲れ」

「おっ、お疲れ様です」

品の良い切子ガラスのグラスを持ち上げ、千原は長谷川に掲げて見せた。

グラス同士をぶつける事無く一口煽る千原に倣い、長谷川もビールに口を付ける。

千原と二人で飲みに来るのは随分と久しぶりだ。

心酔する千原と飲むというのは、大変な緊張もするものの嬉しい事に変わりない。

「今日も派手にやられたな」

「はい。あ、いえ、これくらい大した事じゃないっす」

苦笑を浮かべた長谷川は、笑った時に唇の端の生々しい傷が痛み眉を顰めた。

グラスを唇にその傷を見やった千原だが、本当に酷いのは見えない部分───ボディだという事は気づいているだろう。

勢いで顔を殴られたとしても、集中的に狙われるのはもっぱら腹や背中だ。

それは実に傷を見せない為と制裁を悟らせない為で、もちろんそれらは実の目の届かない所で行われいる。

「カシラは実さんが大切なんだ」

「知ってます。実さんもカシラの事すっげぇ好きなんです。いっつも嬉しそうに話ししてますもん」

遠藤と二人っきりの時の事も、たとえ長谷川が同席していた時の事であっても、実は遠藤との嬉しかった出来事を長谷川に話して聞かせてくれるのだ。

他の誰かならばただの馬鹿ップルののろけ話だと辟易としてしまいそうな所だが、それが実だと不思議と微笑ましく感じられた。

「今日なんか、犯ってる時にカシラがなんて言ったかとか、どうしてくれたとか言うんすよ。参っちゃいますよね」

「そうか。楽しくやってるみてぇだな」

「楽しいっすよ。実さんと居るの楽しいっす。まぁ、大変っていうか突拍子もない事とか結構ありますし驚く事も多いですけどね」

実家の小さな弟達と同じだと思う時もあれば、長谷川以上の博識を見せる時もあるし、情事の話もする。

単純に大人か子供かで分ける事の出来ない実は、不思議と憎めない存在だ。

「じゃなかったらカシラに殴られんの我慢出来ないと思います」

「どんな我がままでも女でも、それが組長やカシラの女ならヘコつかねぇとなんねぇ時もあんだぞ」

「うわぁ。俺耐えれっかな・・・」

「それがヤクザってもんだ。嫌ならのし上がれ」

「そうっすね・・・でも、今のまんまカシラが実さんで、組長が先生なら俺このままで問題ないっすよ。先生は会った事ないですけど、医者の先生で良い人なんですよね。だったらへつらっても・・・」

「お前、なんの為にうち─暴力団─入ったんだ・・」

呆れ声の千原に、空になったグラスへ酒を注いだ詩織はクスクスと笑った。

「それが純君の良い所じゃない」

「・・まぁ、お前だから実さんのお世話出来てんだろうけどな」

単調ながらしんみりと呟いた千原に、長谷川は軽口を返せずかといって他に言葉も見つからず口を噤んだ。

カウンターを見るとも無く視線を落としていると、そこに白と水色の皿に盛られた茶系統の煮魚が置かれた。

それは決して華やかではなかったけれど、とても懐かしい気分になる。

もっとも、大家族の長谷川家ではこういったメニューは食卓に並ぶ事はなかったのだけれど。

「純君ならパパになっても安心ね。きっと子棒脳になるわ。早くお嫁さん貰いなさいな」

「ハハッそうっすね。どこかに良い女居ないっすかね。出来たら詩織さんみたいに料理上手な人が良いですね。兄貴が羨ましいっす」

「長谷川、余計な事を言うなつってんだろ」

「あら、一成さんにとっては余計な事なの?失礼しちゃうわ」

「・・・」

わざとらしく拗ねて見せる詩織に、千原はグラスで顔を隠した。

普段よりポーカーフェイスな彼なので、今も何を考えているかは残念ながら長谷川には解からない。

けれど、詩織はそうではなかったらしく、尖らせていた唇を緩めると小さく吊り上げた。

「今日はお帰りになられるの?」

「・・・いや」

「そうですか。なら早く看板にしちゃおうかしら」

食事をする前からご馳走様だ。

長谷川は咄嗟にビールグラスから箸に持ち替える。

その煮魚はやはり見た目を裏切らない、否それ以上の温かい味わいでとても旨い。

一度動かした箸が止められない、とばかりに長谷川が魚に夢中になっているふりをしていると、視界の端に詩織は少女のような笑みを浮かべているのが見えた。

やはりこの状況ではどう考えても自分は邪魔者だ。

千原に話す愚痴も弱音も特になく、辛いのは肉体的な負傷以外の何物でもない長谷川は、旨い料理を精一杯味わいながら、けれど出来るだけ早く全ての皿を空にしていった。

食事と酒の礼もそこそこに席を立った長谷川を、止める者はいないのであった。



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