ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(遠藤と実の元旦)



年末年始はただでさえ宴会だ忘年会だ、と飲み会が重なる。

大晦日の昨日もそうで、散々に飲まされた遠藤がなんとかまだ意識がある内に自宅に帰りつくと、その頃には実はとっくに夢の中であった。

正月だとかカウントダウンだとかで実の就寝時間は変わらないようである。

のそりと、珍しく実よりも遅く起床した遠藤はベッドから降り、軽く身なりを整えるとメインルームへ向かった。

今日は昼過ぎから霧島本部へ相談役・中里泰平と補佐・石森へ挨拶に行く予定だ。

例年なら、昼も夕方に近い頃から集まり宴会となるのだが、今年、それも遠藤に限っては昼も早い時間に来いと命令が下ったのである。

理由は聞かずとも明らかで、泰平も石森も目的は遠藤ではなく、単に実に会いたいだけだ。

この分では宴会中も実を離してはくれそうにないが、遠藤もそう簡単に実を差し出してなるものかと今から身構えている。

そんなこんなで遠藤は元旦の朝から憂鬱な気分であったが、メインルームに入りダイニングテーブルでなにやら楽しげな笑みを浮かべる実が目に入ると、そんな鬱々とした物が瞬時に消えてなくなってしまった。

「おはよう、実」

「・・・。ゆた、おはよ。あ、ちがうよ。・・・。あけまして、おめでとーござぁます」

「あぁ、そうだな。あけましておめでとう、だ」

思わず目を細めてしまった遠藤は満面の笑みを向ける実の頭をワシャワシャと掻き混ぜる。

もつれそうな口調で正月の挨拶をする実が堪らなく可愛い。

実の向かい側遠藤の指定席に腰を下ろすと、改めて実が何をしていたのか目に入った。

「年賀状か?」

「うん!みのね、みのにもね、ねんがじょ、きた」

ダイニングテーブルに綺麗に並べられていたのは、どうやら実宛らしい年賀状だ。

両手の指で数えられる数の年賀状は、うち一枚は遠藤が纏めて出す際に実にも宛てたもので、後は中里や湯沢、千原それから実が長年世話になっていた病院からだと思われし年賀状だ。

だが、それらの中で奇妙に目を惹く二枚があった。

「・・・なんだ、これ」

やたらとポップでカラフル。

落ち着いた雰囲気でシックなデザインの年賀状が並ぶ中一際目立ってるのだが、理由はそれだけではなく、妙なアンバランスさだろうか。

一枚は、アニメーションのようなタッチの愛らしい干支の動物の上にそれに見合った書体で「A Happy New Year」と書かれているというのに、その斜め下にはやたらと硬い筆跡で「賀正」と添えられている。

もう一枚も似たようなもので、低年齢向けのキャラクターが踊る年賀状に、毛筆の達筆で長い「一言」が添えられていた。

遠藤でも解読が困難な見事な達筆は、たぶん、実には文字という認識すら与えていないだろう。

この差出人が誰であるのか、見ないでも解る気がしたが、遠藤は実に断ってからそれぞれを表に返した。

「・・・・」

そこにあったのは予想通り、中里泰平と石森時貞、遠藤の育ての親のような二人の名前だ。

「だから、これは初孫の扱いだろ・・・」

現役時代はその一睨みで多くのヤクザ者をひれ伏させた、という伝説も耳にした事がある。

事実、身内には非常に情を見せながらも敵とみなした者には至極冷酷冷淡で容赦がない気高き獣のような姿を遠藤は直ぐ近くで何度も目にしている。

そんな泰平と石森が。

今は実の気を惹こうと馴れない事を懸命に模索している、若者とのギャップに苦しむ老人丸出しだ。

正に、何をしても甘やかしたくて溜まらない初孫のよう。

けれど残念んながら、実は二人の孫ではなく、むしろ遠藤の──息子の嫁だ。

何かが大きく違う、と遠藤は思わずにいられない。

こめかみに痛みを感じるのを堪え二人の年賀状を手にする遠藤に、いつのまにか隣り来ていた実がしがみついた。

「それね、とっきーとたいへーから。あとね、ゆざわせんせとかまなぶとかね、ちーちゃんからもきてた」

「そうか、よかったな」

「うん!みのね、みの、ねんがじょもらったのはじめて。うれしいね」

幼い頃から病院暮らしの実には、今まで年賀状どころか正月そのものも縁が無かったようだ。

それを知っている為、遠藤はもちろん中里や湯沢も実に年賀状を寄越したのだろう。

「そうか」

「ゆたもね、くれた。ありがと」

実は遠藤からの年賀状を胸に抱きヘラッと頬を染めてみせた。

各所に出す際に一緒に頼んだものだ。

遠藤自身、実が並べていた年賀状を見てようやく出すよう手配した事を思い出したもので、大層な意味は込められておらず誤魔化すよう曖昧に返事を返した。

そんなものでこんなにも喜んでくれるなら、もう少し力を入れた一枚を送ってやるべきだったかもしれない。

これではあまりに手抜き過ぎで、その点では石森らを見習うべきだと考えていると、実は「待ってて」と声を弾ませ残し遠藤の元を離れた。

暫くし長谷川となにやら話をしていた実が戻って来ると、照れくさそうに視線を彷徨わせながら後ろ手に持っていた物を遠藤に差し出した。

「あのね、ゆた、ねんがじょ。みの、かいた」

「ん?・・・これ、実描いたのか?」

ヘラリと首を傾げ肯定を見せた実が遠藤に渡した物。

落書きなのか芸術なのか見る人により大きく別れてしまいそうな独創的なタッチの、たぶん干支の動物と思われるイラストが葉書いっぱいに描かれた年賀状であった。

「うん。ほかのひとはね、じゅんくんとえ、えらんでね、だしてもらったんだけど。ゆたのはね、みのかいた」

「ありがとうな、実。上手に描けてるな」

「ゆた、うれし?」

「あぁ。実が俺の為に描いてくれたんだろ?嬉しいに決まってる」

「よかった。うん、みの、ゆたにかいた」

手ぶらになった実は遠藤の首にキツク抱きつく。

甘い香りが漂い、遠藤は大切な年賀状を庇いながら実を抱きしめ返した。

他の人にはただの印刷の年賀状だという。

自分だけ、自分にだけ、手書きの年賀状を作ってくれた。

それがなんとも可愛くて、愛しくて。

こんなプレゼントを元旦そうそう貰えるならば、宴会の時くらい素直にオヤジ二人に実を貸してやっても良いかもしれないと、少しだけ思えた遠藤であった。



+目次+