蒼穹を往く歌声・お礼用SS
(その想いここに・1)



くったり横たわり寝息を立てる拓深を見つめ、イスハークはその髪を撫でた。

拓深から今しがた起きた不思議な出来事の話を聞くと言いながら、可愛い誘いに乗ってしまったが最後、拓深が疲れ果てるまで身体を蹂躙してしまったのだ。

己の我慢の無さに呆れももするが、その反面仕方が無いなと諦めもしている。

これが拓深でさえなければこんな事にはならないだろう。

全裸の拓深の身体は、以前は青や紫の打撲痕や傷跡が痛々しく彩っていたけれど、今はそれらは薄れ赤い鬱血痕ばかりが目を惹いた。

イスハーク自身が拳ではなく唇で付けた所有の証。

毎日口付け、消える前に次をつけるものだから増える一方のそれに拓深は文句の一つも言いはしない。

「・・・拓深」

海の真ん中で突如現れた拓深を一目見た時から他とは違うものを感じてはいた。

だがそれはただ珍しい黒い髪と瞳のせいだとばかり思っていたというのに、拓深を知れば知るほどおかしな程にその存在に惹かれていったのである。

「ん・・・」

鼻を鳴らし身を捩る拓深から手を離したイスハークは、シーツを拓深の肩までかけてやった。

頬に掛かったシーツに眉を寄せ、身体を丸める拓深に頬が緩む。

まるで幼児のような無防備な姿。

普段は人の動向一つ一つに緊張している風にも見える拓深に、こんなにも安心しきった寝顔を見せられればまたその肌に襲い掛かりたくなってしまう。

初めはただの遊戯のつもりであった。

海で拾った珍しい外観のおもちゃで遊んでやろう、その後は売るなり捨てるなりすれば良いと安易に考えていたというのに。

白い肌に生々しい傷と人目に触れにくい場所に設けられた繊細で美しい装飾品。

無表情で動揺一つ伺わせずに身体を受け入れようとするくせに、こちらから触れてやれば驚く程に頼りなげな面持ちを浮かべる。

体技に慣れているとしながら与えられる快感にはとても弱い。

男が受け入れ易いように腰を差し出しながら、ぎこちなく鳴いてみせる様にイスハークはこれでもかと煽られる。

そんな拓深に独占欲を感じるのに時間は掛からず、そのうえ拓深の過去、そしてこの世界へ至る経由を聞かされれば、庇護欲をもこれでもかと掻きたてられた。

可愛い拓深。

痩せすぎで儚げで、感情はしっかりあるというのに伝える術の知らない拓深。

そんな拓深がこれまで受けていた仕打ちを平然と語って見せる様は何よりも胸を締め付けられ、むしろそっけない態度を取る事しか出来なかった。

売春に虐待に、飢えと寒さの中何の希望もなくただ生きて来たなんて。

こんなに可愛い拓深を虐げた人間が許せず、そして自分だけは拓深を全ての物から守ってやろうと思った。

何故そう感じたのか解らない。

猫や犬すら拾った事がなく、今までは人身売買にもなんの躊躇がなかったというのに。

「拓深、可愛いな」

他と比べる事すら愚かしい。

拓深は拓深でしかなく、イスハークの特別なのだと、そこに理由など要らないと思えた。

拓深が今まで得られなかった物をなんでも与えてやりたい。

人は全て敵だといわんばかりに怯えている拓深に安らぎを与えたい。

そんなエゴイスティックな思惟を生まれて初めて持ったイスハークは、確実に自分の中で何かが変化していると認めている。

次の港で売り払う予定をしていた小型の帆船が買える程度の価値のあるタリスを持ち出し拓深に渡すのにも躊躇はしなかった。

拓深が言ったのだ。

暖かいからここに居ると。

ならば、もしも凍える事があれば拓深は居なくなってしまうのではないかと、なんとなく脳裏を過ぎったのだ。

見渡す限りの海原で、身一つでは何処に行くとも出来ないと頭で解っていても。

「拓深は、俺のものだ」

身も心も、自分のものにする。

それはきっと遠くない未来にあると、イスハークは口元をニッと吊り上げ、鳴かし潰した拓深の唇にそれを重ねたのであった。




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