三城×幸田・お礼用SS
(幸田さんの放課後の教室)



授業も全て終わり、名前だけのクラブ顧問としての役割も終え、幸田は一人数学準備室に居た。

一般教室の並びの端に設けられたここは、過去の教材や資料、学校貯蔵の専門書など数学関係の物が納められている部屋だ。

資料も教材も殆どが書籍である数学の準備室はすっきり整頓され、複数の本棚とアルミ製の事務机が一つ、その上にパソコンが置かれているだけである。

普段は資料の出し入れ程度でしか利用しない部屋だが、今回は複数の書籍が少しずつ必要だった為職員室に戻るのも面倒だと幸田はこの部屋のパソコンでプリントの作成をしていた。

さすがは私立、それも最新設備を揃えている事で有名な由志高校だけあり、幸田だけでなく他の数学教師も滅多に使わないという数学準備室のパソコンも必要なソフトは一通り以上に入っており、パソコン自体もまだ新しい感のある物だ。

一人きりの無音と、飲み物すらない環境にさえ苦痛を覚えないのであればなかなかの作業環境である。

薄い本から分厚い本に持ち替えページを捲っていると、不意に数学準備室のスライド式の扉がノックも無く開けられた。

「せんせー何やってんの?」

「っうわっ!」

「そんなに驚かなくても」

大仰に肩を揺らせひっくり返った声を上げる幸田に、突然の侵入者───宍戸はからかった風に声を躍らせた。

そうは言われても、パソコンの稼動音と己の出す物音しか無かった静寂をいきなり破られたのだ。

予期せぬ物の出現に驚いて然るべきだと思う。

もっとも、ふと脳裏を過ぎった幸田の最愛の人ならば静寂を破られた程度では驚かないだろうし、例え驚いたとしても表には出さないだろうけれど。

まだどこかドキドキしている幸田は、断りなく部屋に入ってくる宍戸を見やり息を落ち着けた。

「なんだ宍戸か。いきなり声掛けられたら驚くだろ」

「それにしても驚き過ぎだって」

「・・・。で、何の用だ?ここは生徒が来る場所じゃないだろ」

「えー、別にダメって決まってる訳じゃないじゃん」

各教科の準備室に生徒が立ち入ってはいけないという決まりは無い。

もちろん無断の入室は禁止されているが、今のようにそこに教師がいるなら問題はなかった。

だが、だからといって生徒にとって必要な部屋か、と言えばそうでもなく、故に本来生徒の出入りは教師から下された手伝いを除いて皆無である。

己が勝手に驚いてしまったのだが、驚かされた事にバツの悪さを感じる幸田は胡乱な眼差しを宍戸に向けた。

「決まってはないけど、仕事の邪魔だ。用がないなら帰りなさい」

「先生冷たいなぁ。そんな怖い顔しなくったって」

そう言いながらも全く堪えた様子も無い宍戸はヘラリと笑う。

宍戸は事務机の側の壁に寄りかかりリラックスした様子ですらあり、すっかり奴のペースである。

「帰ろうとしたらさ、ここ電気ついてるの見えて。先生居るなら喋ろうかなって思って」

「そのまま帰ったらいいだろ。それに、もし他の先生ならどうしたんだ」

「えー。よくわかんないけど、絶対幸田先生だと思ったんだって」

「なんだそれ」

資料室の入り口に利用者の名札をぶら下げている訳でもないというのに、と呆れからため息を吐いてみせると宍戸はそんな幸田を見て笑った。

「先生はさ、眉間なんかに皺寄せてない方が絶対良いよ」

「寄せさせるのは誰だ」

「別に俺ワザとじゃないし。それよりさ。先生の好きな話しようよ」

「好きな話し?」

「うん。そしたら眉間の皺なんて無くなるって。そうだ、俺の質問にさ、答えてくれたら大人しく帰る、ってのはどう?」

「僕の好きな話で、お前の質問なのか?」

「そう」

それだけ聞けば、意味が繋がっているのかいないのかの判断にすら困る。

だという事は、幸田の好きな話ではなく宍戸の好きな話にならないか、と寄せるなと言われた皺を眉間にしっかり作っていると、ニコニコよりもニタニタと現したい面持ちの宍戸が口を開いた。

「俺さ、最近ずっと気になってたんだ。先生朝の授業ん時、声枯れてる事多くない?」

「なっ・・あっ・・」

「あ、自覚あり?もしかして原因も解ってたりする?」

「宍戸・・・」

何が言いたい、何を言わせたいというのだ。

視線を彷徨わせ、幸田は答えに詰まった。

自覚も原因もしっかりと判っている。

なんて事はない、三城と行う夜の遊戯の成果だ。

宍戸は学校で唯一幸田と三城との関係を知っている奴であるだけに、油断は出来ないと幸田がキーボードから完全に指を離すと、宍戸はさも高校生らしい微笑を湛え続けた。

「毎晩カラオケでも行ってる?お酒も飲んでるんじゃない?」

「え?へ?・・あ、うん。そうそう。そう、お酒お酒───」

やはり高校生だ。

ませている風に感じる時もあるし以前はとんでもない要求をして来た奴だが、やはり中身はまだまだ子供でここは便乗しよう───などと幸田が感じだ時。

けれど、宍戸は笑みを崩さずに更に言い募った。

「それとも春海さんに啼かされてるとか?」

「─っ、宍戸!」

「やっぱり?だよねー。先生、毎日遊びに行くようなタイプにも思えないし、酒臭くもないしー」

先ほどまで少年らしいと思っていた宍戸の面持ちが途端に憎たらしいものにしか見えなくなる。

赤面を浮かべ睨み付けるしかない幸田に、やはり穴戸は気にした風も伺わせなかった。

「そんなに春海さん毎晩激しいの?あ、春海くんって呼んでる?それとも呼び捨て?」

「春海さんだけど・・・ってそんな事どうでもいいだろ。もう帰れ」

「だぁーから、俺の質問に答えてくれたら帰るって」

「勝手にしろ。こんなバカらしい質問になんて答えないからな」

「いいけど、でも先生はそれで良いの?仕事終わっても俺が部屋から出なきゃ鍵閉めれないよね?」

「・・・」

穴戸から顔を背けマウスを握る幸田に、穴戸は余裕そうだ。

確かに宍戸の言う通りである。

宍戸が居座り続ければいくら仕事が終わっても帰れない。

とはいえこんな質問に、それも生徒からのそれに答えられる筈がない、とも強く思い幸田が唇を固く結んでいると、穴戸はダメ押しとばかりに「ね?」っとニコッと笑ってみせた。

「どんな事をしているとか知りたい訳じゃないんだ。ただ、先生がいっつも朝辛そうだからさ。どーなのかなって」

「・・・」

「もしかして病気なのかなーとかも思ったりするんだよ?・・・思春期の青少年の些細な疑問、先生なら解決してよ。毎朝声枯れるくらいのSEXって、そんなに激しいの?」

「・・・。・・・・。うん」

これは、条件反射に近い。

宍戸は心配すらしてくれていたのだ、などと思えば、幸田はあっさりと頷いてしまっていた。

「へぇ!やっぱりそうなんだ。へぇ、幸田先生は毎晩やってて、で春海さんは激しいんだぁ」

「ちょ、穴戸・・」

「大丈夫だって、誰にも言わないし」

「当たり前だ!」

「俺はさー、先生の恥ずかしがる顔見たら満足した。そっかそっか」

「帰れ!答えたんだからな、早く帰れ!!」

何だかんだと言いながらでも答えてしまったのは幸田でしかない。

その為宍戸には罪はないのかも知れないが、八つ当たりと言われても構わない心境だ。

何故応えてしまったのか己に情けなくすらなりながら、けれど一度口に出てしまった事は取り戻せず、幸田は椅子から立ち上がると突き飛ばさんばかりの勢いで穴戸を部屋から押し出した。

「帰りなさい」

「はぁい。先生今晩も気をつけてねー」

からかう宍戸の声が聞える。

それを遮断させるように容赦なく部屋の扉を大きな音を立てて閉めた幸田は、こちらも乱暴に施錠をした。

こんな事なら、やはりプリント作りは職員室でするべきだった。

もしくは、今後からは鍵を閉めよう。

硬く決心をした幸田は、赤面と感情の高ぶりを感じながらも、不思議と宍戸に苛立っていない自分に気付いたのだった。





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