ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(初めてのお泊り・上杉の場合)



定時そこそこにオフィスを出た上杉は、逸る気持ちを抑えきれないまま都心のマンションへ向かっていた。

駅からも歓楽街からも徒歩5分。

周囲にはコンビニエンスストアはもちろん各種飲食店も充実している。

上杉の職場からも自宅より便の良い此処に、益田の自宅マンションが有った。

数日前、時間と心のすれ違いの末、雨降って地固まるとばかりに以前以上に想いを深め合い益田に貰った彼の自宅の合鍵。

「毎週末必ずおいで」と言われ、初めての週末が今日である。

たった数日の間が、果てしなく長く感じられた。

仕事に関しては週末へ向けたやる気と活力になったその約束も、一度[ひとたび]自宅に帰ればそわそわと落ち着かない要因となっていた。

彼の家に行って何をしよう。

ただ彼の家に遊びに行くだけではなく、自分の終業時間と彼の仕事時間の差からこの合鍵を使う確立がとても高いというのも、上杉から落ち着きを奪った原因だ。

まだ一度しか行った事のない益田の部屋。

前回の時は三泊した事もあり、彼が店に呼び出され一人部屋で留守番をする時間も有ったが、いきなり彼の居ない部屋に入るというのはまた違った緊張なのだ。

恋愛経験自体初めての上杉にしては恐縮物でしかなく、たった二度目の訪問でいきなり無人の恋人の部屋に入るというのは、世間的には有り触れている事なのかと真剣に誰かに聞きたいくらいの心境である。

「・・・着いた」

駅からの道のりも単純で、一度来ただけで迷うことなくたどり着く事が出来た。

都会の真ん中にある高層マンション。

オートロック式のエントランスへ鍵を使い入ると、人気の無いそこを通りエレベーターに乗り込む。

前回訪問した時は行きも帰りも地下駐車場から直接エレベーターに乗った為、ここを通るのは初めてだ。

初めて見るまるでホテルのような内装に周囲をキョロキョロとしてしまいながら、上杉は益々落ち着けないでいた。

いよいよだと、鼓動がバクバクと鳴る。

エレベーターがチャイムを鳴らし目的階への到着を知らせ、降りた上杉は彼の部屋を目指した。

「ここ、だよね」

ネームプレートの掲げられていない玄関はルームナンバーだけが頼りだ。

なんども数字を見直し上杉は鍵穴に鍵を差し込んだ。

スッと入った鍵を横へ回す。

「・・・開いた」

小さな音を立て開いた鍵に、至極当然の現象であるにも関わらずどこか感慨深くなりながら、上杉は鍵を引き抜くとポケットへ大切にしまった。

「・・・」

重い扉を開けた先、明かりの灯されていない室内、淀んだ空気。

明らかに人気の無いそこを、上杉は玄関の外からボウっと眺めてしまった。

無人だと解っていた筈だというのに、それを目の当たりにし動けないでいるなどまぬけ過ぎる。

いつまでも扉を開けっ放しになど出来ず、上杉は玄関へ入ると扉を閉めしっかりと施錠を施した。

「益田さんの部屋だ・・・」

だから来たのだが、質素と言おうか簡素と言おうか、あまりに物の少ない部屋は数日前と殆ど変わっていない。

ゴミや食器も一切散らかっておらず、ベッドのシーツすら綺麗に整えられている。

上杉も一人暮らしが長いが男の一人暮らしでここまで綺麗なのは凄いな、と感心したが、そういえば「ただ散らかす暇もないだけだよ」と言っていたなと思い出した。

本音と建前の比率はわからないが、彼が忙しいのも事実で上杉自身目の当たりにしている。

だからこそ、今日はそんな多忙な彼の為に夕食を作ろうと考えていた。

普段は外食や弁当などで食事を済ませているのだろう。

ふと横目に見たキッチンの綺麗さからもそれは伺える。

一応普段から自炊を心がけている上杉だが、これまでは所詮自分だけが食べるのだと作っており、人に食べてもらえるような料理を作る自信はあまり無かったが、せめてもだとインターネットで調べたレシピをプリントアウトをして来ており、やる気は十分だ。

「・・・よし、作るぞ」

この都会の真ん中にスーパーがあるのかも解らないので歩いて探すしかないのだが、今の上杉にはそれも億劫には思えなかった。

大好きな彼に食べてもらう夕飯を作りたい。

旨く出来れば嬉しい。

ビジネスバッグを部屋の隅に置いた上杉は、益田家にある調理器具と調味料を確認すると、入ってきたばかりの玄関を軽い足取りで出て行ったのだった。






+目次+