三城×幸田・お礼用SS
(三城と幸田と秋人と)



『先日の騒動の謝礼』という名目で秋人の店に来店していた三城と幸田は、数杯目のグラスを傾けていた。

いつの間にか秋人の手にもグラスが握られており、曰く、今日の彼はカウンターの中に居るものの仕事ではないという。

プライベートであり、二人の為だけにバーテンに扮している、とでも言いたいのだろう。

融通の利かせ具合はさすがはオーナーである。

「恭一くんはあんまりお酒飲まないタイプ?それとも春海に煩く言われてる?」

ヘネシーの水割り口に、秋人は微塵も酔った様子を見せず口にした。

数時間前に開けたばかりのそのボトルは、既に随分と減っている。

コニャックは本来ガバガバと飲むタイプのアルコールではないというのに、二人が、特に三城がやけにハイペースなのだ。

ロックのそれを大きく一口煽った三城もまた、酔いを伺わせなかった。

「俺は煩くなど言っていませんよ」

「そう?ま、可愛いのは解るけど。あんまり束縛し過ぎちゃうと嫌われてしまうからね」

憮然とする三城と、飄々としている秋人と。

明るい色のカクテルを幸田がチビチビ舐めるように飲んでいる隣では、序盤からだいたいこの調子である。

「放っておいてください。そろそろ、帰ります」

「もう帰るの?もっと居ればいいのに」

「いえ」

さぞ鬱陶しいそうに三城は言う。

男兄弟というのはどこもこのような物なのだろうか。

幸田に帰宅云々に対する意見が問われる事もなく三城がスツールから腰を浮かしかけた時、秋人はそれをさえぎる様にカウンターの上へ一枚の紙を置いた。

「帰るならさ、ここ行ってみたら?この近くで最近人気のホテルなんだけど、これ割引券」

「ホテル?・・・、ファッションホテルの類ですか?」

「ラブホテルのようなリゾートホテルのような、っていうのが売りの最新型ホテル。カップルはもちろん、今流行の女子会にも、男同士の仕事の打ち上げにもご使用ください、だって」

三城がわざわざ『ファッションホテル』と口にしたのモノを、秋人はあっさりと『ラブホテル』と切り捨てる。

結局のところ示す物は同じだ。

秋人がカウンターへ置いた紙、割引券兼フライヤーらしいそれは、ディープブルーを基調にした洒落たデザインで数枚の写真がレイアウトされていた。

そこに踊る文字は今秋人が言った言葉と似たようなものだ。

「・・・、それはもはやその手のホテルではないのではないですか?」

「んー、そうだね。でも、普通のシティーホテルとかリゾートホテルには『30分ご延長』は無いじゃない?」

そりゃそうだ。

チェックアウト時間のオーバーに課金が求められるのはどこも同じだろうが、それをこんなにも、フライヤーに書く程前面に押しているのは三城の言うところの『その手の』ホテルだけだろう。

浮かしかけていた腰をスツールへ落ち着けた三城が再びグラスを手にする横で、幸田はチラチラとそのフライヤーを見ていた。

興味が有るか無いかで言えば、興味はある。

なにせ、幸田はこれまでの人生、ラブホテルに行った事がない。

理由は至って簡単で、『ラブホテル』とさえ口にしたくない三城のような嫌悪感や嘲りではなく、単に男同士で入れる場所を知らなかっただけだ。

それまでラブホテルの代わりに利用していたのはもっぱら安価なビジネスホテルのツインルーム。

三城と付き合い始めてからは幸田が自分でホテルを選ぶ機会すらなくなり、彼が用意してくるのは決まってシティーホテルのスーペリアルームクラス以上である。

そんな中秋人がわざわざ二人に見せたホテルのフライヤー。

載っている写真はどれも洒落た雰囲気の外観や内装で、そこからはいやらしい雰囲気は伺えなかった。

露天風呂や檜風呂、美容エステに豪華なルームサービス、アメニティーが有名ブランド品だとくれば女性らが喜ぶのも無理は無い。

もっとじっくりと見たいし、後面に何が書かれているのかも気になる。

しかし、手にしてしまえば三城に怒られるような気がして、そして仮にも義兄である秋人を前にして、躊躇せずにいられない。

「料金体制だけでの判断ですか?でしたら、別に近くにまともなシティーホテルがいくらでもありますからそちらを選びます」

「春海は頭が固いね。シティーホテルはシティーホテルなんだからさ。たまにはこんな風にリゾートっぽいのも良いんじゃない?」

「写真ではいくらでも良く見せれますが、実際はチープに決まってますよ」

「まぁ、それを言っちゃうとそうかも知れないけどね。後、違いって言ったら、汚しても構わないとかカラオケやゲーム機が置かれてるとか、かな。アダルトグッズ関係も置いてるかもね」

一般的にはそれに加え、料金の低価格設定や敷居の低さもシティーホテルとファッションホテルとの差にあげられるのだろうが、そのどちらも三城にとってはどうでも良い事だろう。

大方予測はしていたが、やはり三城は興味がないようだ。

安心したような残念なような、多分に残念な気持ちが強かったが、幸田はグラスを唇に当てる事で誤魔化した。

今は───秋人の目の前では、三城へお伺いを立てる事も出来ない。

「何故そんなにも勧めるんです。体験談ですか?」

「残念ながら私はまだ行った事は無いんだけどね。ここの一階に今度うちのレストランが出店する事になったんだ。それでこの割引券もらったんだけど。・・・それに、恭一君は興味あるみたいだしさ」

「えっ」

「そうなのか?恭一」

「えっと・・・」

「さっきからずっとそれ見てたもんね」

ニコリと笑って見せる秋人は、さも見透かしているとばかりである。

実際がそうなだけに返す言葉も無く更に三城からの視線が痛いとあり、幸田は曖昧な言葉だけを漏らし無意識のうちにグラスへ顔を埋めていた。

よく考えれば、正面に居る秋人からは視線の動きなどバレバレなのだ。

「春海、行ってあげたら?普段はどうせ春海のデートプランばっかり押し付けてるんじゃない?」

「押し付けてるなど人聞きが悪い」

「なら、春海の我侭を恭一くんがきいてくれてる?どっちにしてもさ、たまにはサービス、ね」

押し付けられているとも我侭をきかされているとも思わないが、三城のデートプランである事は事実だ。

秋人の言う『サービス』に内心頷いていると、三城が唐突にスツールから立ち上がり、今度こそ有無を言わさぬ口調で言い切った。

こうなれば己に意見が求められる事はないと幸田は良く知っている。

「帰ります」

「そ。じゃぁこれ、恭一くん、はい」

「はぃ・・え?あ、あのっ」

三城に倣い立ち上がった幸田は、はい、と渡されたそのフライヤーを反射的に受け取っていた。

手の中の紙と秋人を交互に見やる。

面前の彼は、作ったように綺麗な笑みを浮かべるばかりでその意図は読めない。

「今晩でも今度でも、連れて行ってもらいなね」

「兄さん、あまり恭一をからかわないでください。恭一も、そんな物は捨てろ」

「別にからかっているつもりなんて無いんだけどね」

「え、あの、その。折角くださったんだしさ、すぐ捨てたら悪いよ・・・別にいいじゃん、ね」

早口に言った幸田は、さっさと適当にフライヤーを折るとポケットへ突っ込んだ。

そして誤魔化すように曖昧に笑って見せたが、しかし胡乱な眼差しを向ける三城にはバレてしまっていたのだろう。

けれど、幸田は堂々と口にする事が出来なかったのだ。

このフライヤーが欲しかったなどと。

カウンターの上に置かれ三城と秋人が話をしている時から気になっていたそれは、実際に来店するかは別として、もう少し詳しく読んで見たかったのである。

その為、今幸田は後ろめたさを感じながらもどこか満足げだ。

もし改めて考えても興味が拭えなかったのなら、三城におねだりしてみたい。

「・・・行くぞ」

そんな幸田の内心を知ってか知らずか、幸い三城はそれ以上何も言う事はなく、ただこれ見よがしに幸田の肩を抱くと秋人に背を向けたのであった。





********


店を出ても三城は腕を回した肩を離そうとはしなかった。

普段は外で過剰に触れ合うなど、特に宍戸の一件があって以来は無かったが、場所が場所とあり幸田も受け入れている。

この通りを抜けるまでなら構わないだろう。

そして世間へ戻りタクシーに乗って自宅に帰るのだ。

そう、考えていたというのに。

肩を抱いたままの三城は、幸田が見ていた大通りではなく店舗が密集する方へと向かい始めた。

「え・・?春海さん、そっち行ってもタクシー捕まらないよ?」

「そんな事は解っている」

「じゃぁもう一件行くの?」

明日も明後日も休みだ。

自宅にたどり着く程度の気力と体力と意識を残せるなら明日の体調を考えずに飲んでも支障はなく、普段は『外で酔うな』と言われているが当の三城と一緒ならばそちらも問題はなく思える。

だが、ふと歩みを止めた三城は10cm上から見下ろし、さも当然とばかりに口にした。

「行くんだろ、そのホテルへ」

「その・・・って、さっきの?行くの!?」

「行きたいのだろ?あんな物欲しそうな顔をされて放っておける訳がないだろう。行きたいのなら素直にそう言え」

「だって、その、春海さん興味ないでしょ?」

「無いな。だが、恭一が望むならそれも一つだ。それに、たまにはそういった趣のホテルも良いかも知れないとは思う」

「春海さん・・・」

正直に、嬉しかった。

興味があったホテルへ行ける事ももちろんであるが、三城の気持ちが何よりも嬉しくて。

「ありがとう。嬉しい。・・・、素敵な所だと良いね」

「どうせチープに決まっている」

寄り添っていた肩を、更に三城へと寄せた。

ほろ酔いの気分も合わさりなんとも幸せでならず、こういったモノを『新婚気分』というのかも知れない。

だというのに。

強く肩を抱く三城はその甘い気分をブチ壊すような言葉を囁いたのである。

「だが、汚しても構わないというのは魅力的だな。今夜は存分に可愛がってやるからな」

「っ・・・は、春海さん」

汚す・汚さないなど普段から気にするような人ではない。

それを、さも『今日は』とばかりにわざわざ口にしなくても良いではないか。

せっかくの気分が台無しだと思いながらも、あながちまんざらでもない幸田、酔いからではない赤面を浮かべるだけであったのだった。







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