蒼穹を往く歌声・お礼用SS
(その想いここに・4)



指を絡め合いきつく握り合わされた手を見つめ、イスハークは口元を緩めた。

いろいろな事があった一日───いや、数時間であった。

喜怒哀楽の全てを経験したかのようで、一時は『怒』の頂点まで達したものの今『喜』を経て『楽』である。

「拓深、愛してる」

もう何度その言葉を口にした事か。

けれど、今日は殊更それを実感している。

拓深が行方不明となったと聞かされた時は心臓が止まる思いがし、そして次に身体の奥から煮え立つ怒りを感じた。

拓深が自分の前から居なくなる。

自分以外の手で触れられる。

そう考えたと同時に、事実など知りはしない筈の拓深の過去が、虐げられ顔を歪める拓深の面もちが、イスハークの脳裏に過ぎっていた。

今までこれでもかと苦境の中に居たのだ。

もう二度と、何処の誰が相手だとしても拓深を虐げる者は許さない。

拓深を守ると誓ったのだ。

海の神に、海の女神に、そして海の魔女───セイレーンに。

たとえこの港町を破壊してでも拓深を見つけ出す、そう胸に宿した時、突如港で落雷を聞いたのだ。

部分的な、奇妙としか言いようのない嵐。

セイレーンが導いてくれているのだと感じた。

その後の事は今となっては朧気にしか覚えていない。

そして、以前から因縁───否、勝手に恨みを持たれていたジッドが拓深へ多い被さっているのを目にした瞬間、イスハークは考えるよりも先に身体が動いていた。

刃がぶつかり合う音や肉を裂く感覚。

それらを遠くに感じる程、イスハークの感情はただ、ジッドへ対する怒りだけであった。

拓深を犯そうとしていたのは明白。

それだけでも十分にイスハークの怒気に触れるというのに、それどころか拓深を殴った形跡すらある。

常からイスハークに叶わなかったジッドだ。

短剣とカトラス、更に怒りに狂うイスハークを前に勝てるはずもない。

当然のように勝利を収めた後イスハークは半殺しのままジットを放置して来たが、拓深をジッドに売ろうとしたサーン共々、死んだ方がマシだと思うだろう方法で始末をつけるつもりだ。

海賊船・船長イスハークは、船員達にも恐れられる冷酷で恐ろしい男である。

「・・・拓深、怖い思いをさせてしまったな」

繋がれていない空いている手で拓深の髪を掬う。

サラリと指の間から零れるしなやかな黒髪に、未知の異世界の輝きを知った気がした。

ただ、今回の事件にも良かった部分はある。

それを思いだすと、イスハークはニヤけずにいられなかった。

ようやく、イスハークが何度も何度も言い聞かせても伝わらなかった感情を、拓深は気づいてくれたのだ。

イスハークが根気強く与え続けていた愛情。

守り、愛し、何よりも大切にしていたし、これからもそうしてしていくのだと、ようやく拓深は理解をしてくれたのだ。

許しを伺いながらこの背に縋りついた拓深の手の感触を、背中に思い出す。

出会った時は感情らしい感情もなかった拓深だというのに、今は泣き笑い、必死に取りすがりすらするなど。

最後の一歩の後押しをしてくれた分だけは、サーンとジッドに礼を感じなくもない。

「拓深の世界では、愛を誓う時に何を贈るのだ?・・・拓深は、知らないかも知れないが、出来ればそれを贈りたいものだな」

これまで、とても狭い世界で生きていたと言っていた。

勉学も常識的なものも、知識が少ないのだと拓深はどこか諦めきったように呟いていた事がある。

ならば、自分が拓深の世界を広げてやりたいと思った。

この海は広く、果てがない。

バリアーカ・クイーン号の航海は続き、拓深と共に綴る未来はここから始まる。

「拓深、どこにも行くなよ」

海は広く果てなく、そして様々で。

時に冷たい雨が吹きすさぶ時もあるだろう。

しかし、どんな時であっても拓深にとっての『暖かい場所』でありたいと、イスハークは拓深と、そしてセイレーンに誓ったのであった。



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