三城×幸田・お礼用SS
(自慢の四男)



三城沙耶子は専業主婦である。

加えて息子達もそれぞれ何年も前に独立をした為、今は悠々自適な第二の青春を送っていた。

夫は未だに仕事に忙しくしているし、日永一日一人家に篭り家事以外する事のない生活は性に合わないと、沙耶子は頻繁に外へ出ていた。

お稽古事や、お茶会や、時に海外に住む友人の元まで。

その行動範囲は世界中に渡り、自由な時間を持っているからこそ、夫や息子達とは比べ物にならない程の交友関係を築いている。

そして今もまた、沙耶子は知人が主催する料理教室に参加し、作った料理の試食会という名のお茶会に身を置いていた。

「まぁ、このお料理、簡単なのに凄く美味しいわ」

「そうでしょ。盛り付けを変えれば、パーティーの時にも普段のお夕食の時にも合うのよ」

「あら、それは素敵ね」

穏やかな昼下がり。

馴染みの顔ぶれが一人の家に集まり料理を作る。

暇を持て余したマダム達の暇つぶしとして人気のある遊戯である。

片や大企業の社長夫人、片や代議士夫人。

こうして、沙耶子の交友関係は広がってゆく。

もっとも、ただ知り合うだけではなく豊富な知識や親切丁寧な語り口調が信頼を集めるからとも言えるのだが。

「今週末娘が孫を連れて遊びに来る予定なのだけれど、その時に振舞うのに丁度良いわね」

「そうね、子供さんもお好きな味付けではないからし」

「娘さんがいらっしゃるの?いいわね。うちの子供たちは皆海外に出てしまってもう何年も会っていないわ」

広々とした大勢の来客にも対応出来るダイニング。

テーブルの上に並べられている物が作ったばかりの料理からデザートのティーセットとなった頃、それと比例するようにマダム達の話題も料理のそれから世間話へと移り変わっていく。

結局のところ、暇を持て余した奥様達の本当の暇つぶしは料理を作る事ではなく、こうしてお茶を飲みながらのお喋りである。

「白石の奥様のお嬢さん、この春からお医者様になられたのですって?凄いですわね」

「そうなの。とは言ってもまだまだ研修医で落ち着かなくて。朝から晩まで働きつめで身体が心配なぐらい。女の子があんな大変な事しなくて良いと考えてしまう私は古いのでしょうね」

「まぁ、それは大変ね」

「そういう藤井の奥様の息子さんは如何?大手機会メーカーにお勤めでいらっしゃるのでしょ?」

「えぇ。でも、有り触れた程度ですのよ。もう30歳にもなるというのにまだ係長クラス。いくら大きな会社といっても出世コースから外れてしまったのかしらね。その点、三城の奥様の息子さん達は皆さんとてもご優秀とお噂をお聞きしますわ」

藤井夫人が邪気のない笑みを浮かべそういうと、テーブルを囲んでいたご婦人方の視線が一斉に沙耶子へと集まった。

広いようで狭い世界だ。

どこぞのパーティーで誰を見ただとか、そこで誰から何を聞いただとか、噂話はあっという間に広がってゆくもの。

年齢を重ねても衰えない記憶力もあり沙耶子はそういった話しを拾っていくのが上手い。

常ならば聞き手に回る事を好む沙耶子だが、今は情報収集よりも自身が話す事に食指が動かされてしまった。

「どうかしら、うちの子達は皆好き勝手やっているものですから」

「あら。でも、ご長男は弁護士になって会社を継いでくださるのでしょ?」

「えぇ、そう言っているみたいですわね」

「次男さんはまだお若いのに会社を経営なさっているのでしょ?」

「会社といっても飲食店ばかり経営しているだけですのよ。それにもう若くはありませんもの。珍しい事ではありませんわ」

「そういえば、三男さん。C&Gの副支社長さんになられたとお伺いしましたわ」

「そうそう。私も偶然就任パーティーにお呼ばれしたのですけれど、とてもご立派な方ですわね」

数ヶ月前に行われたC&Gの日本支社長就任パーティーは、その任についたのが社長の嫡男とあり盛大に執り行われたと実子とは別のルートから聞いている。

息子・春海も『副』として就任のスピーチはしたらしいが、沙耶子にしてみれば春海はクラインのついでであるという考えだ。

「そうらしいですわね。上二人もそうですけれど、三男の春海は特に親に何も言って来ない子なので私も噂程度でしか知りませんの」

「まぁ」

「でも、男の子はどこもそうなのかも知れませんわね」

「本当に。まるで一人で生まれて一人で生きてきたかのように親を邪険に扱うんですもの」

薄っすらと眉間に皺を寄せ、沙耶子は吐き捨てるように言うとティーカップを持ち上げ唇につける事で顔を隠した。

どんな仕事に就き、どんな役職を得、どれほどの年収を稼いだとしても、沙耶子にとっては所詮息子でしかない。

重要なのは社会的地位ではないのだ。

「社会人になってしまえば娘も同じようなものよ。お医者様になったのは偉いとは思うけれど、あれじゃぁ女としての幸せは遠いのじゃないかしら」

白石夫人はため息を吐く。

若い頃に今の夫と見合い結婚、学生からそのまま主婦になった人だ。

いくら応援はしても、女医となった娘の生き様の理解は出来ないのかもしれない。

「子供なんて皆冷たいものね」

「本当に。楽しみといったら無邪気な孫の顔を見るくらいね」

社会人となり親を顧みなくなった子供の愚痴からただ可愛いだけの孫の話題へ移り変わろうとしたその時、沙耶子は否定的な声を上げた。

「あら、そうでもありませんわ」

「え?」

「うちの下の息子はとても親思いの良い子なのよ」

「あら、三城の奥様のところは男の子が三人ではなかったかしら?」

「いいえ、四人よ。その子は今年の春から高校で教師をしているのだけれど、忙しいだろうに月一回は顔を見せに来てくれるし、電話も頻繁に掛けてくれるの。それに、母の日にはわざわざ贈り物を持ってきてくれて」

さも堂々と。

淀みも、ましてや悪気の欠片もなく、沙耶子は口にする。

三人の実子の事などどうでもいい。

先ほど口にした苦言は謙遜ではなく、心からの言葉に他ならない。

そして、話したかったのはただこの事だけである。

「まぁ。なんて優しい方なのかしら」

「さすが、先生をなさるだけあってご立派な方なのね」

「えぇ、自慢の息子なの」

いやしゃあしゃあと言ってのける姿は、いかにも春海の母親だとばかりだ。

もしもここに春海が居れば、苦言は一つや二つでは収まらなかっただろうと思われるが、それすらも沙耶子には黙らせるだけの自信がある。

何を言ったところで、戸籍上は恭一は沙耶子の息子であり、そうなるよう養子縁組を勧めてそして全ての手続きをおこなったのが沙耶子である限り、春海は沙耶子に頭が上がらないだろう。

仕事が出来るから何だというのだ。

母は強し、というが沙耶子の場合別の意味でも強くあった。

「あら、ごめんなさい。もうこんな時間。今日はその下の子が私に料理を教えてもらいたいとうちに来る予定なの。申し訳ないけれどお先に失礼しますわ」

「お料理を?」

「今は男性の方がお料理をするのも珍しくない時代ですものね」

「いいわね、そのような事を仰ってくださる息子さん、羨ましいわ」

「えぇ。どこに出しても恥ずかしくない子よ。今度は藤井の奥様のお教室に一緒に来ようかしら」

「まぁ、それは良いわ」

「本当。私も是非お会いしてみたいわ」

簡単な身支度を整え、沙耶子は席を立った。

恭一が訪問するのは本当だが、訪問予定はもっと遅い時間だ。

だというのにお茶会から抜ける理由は、ここに居ても先の楽しみ故にそわそわと落ちつか無そうだからというものだ。

料理を教えて欲しいなどと言う恭一が、沙耶子には可愛くてならない。

もう一度先に帰る謝罪を口にした沙耶子は、颯爽と料理教室兼お茶会のひと時を後にすると恭一を迎える為のお茶請けを買いに行こうと胸の中で呟いたのだった。







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