ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実のお泊り・1)



実一人を後部座席に乗せ、長谷川は身体を強張らせながら助手席に座っていた。

緊張が、尋常ではない。

今でこそ遠藤や中里組長にも頻繁にお目に掛かるものの、所詮長谷川はただのチンピラ紛いの組員の一人でしかないのだ。

だというのに、まさか遠藤どころか兄貴分・千原も居ないところでこのような事になるなんて。

顔面蒼白になりそうな心境の長谷川の後ろで、至って能天気な実の声が上がった。

「じゅんくん、もうすぐ?」

「あっ、はい。もうそこですよ。あ、見えてきました」

「ほんとだ。あのおおきいの、みの、みたことある」

前方に見える日本家屋。

大きな木々が塀の内側を取り囲むそれを目に、実が身も心も弾んでいるようだ。

此処は───霧島組本部である。

遠藤同伴ではなく実が一人で此処へ訪れたのは、昨日より中里の補佐として遠藤が九州まで旅立ってしまったので、これを機に実が『お泊り』をする為であった。

いつもであれば遠藤が出張の場合、実は中里の恋人であり外科医でもある湯沢に夜だけでも預かって貰うのだが、今回はタイミングが合わず湯沢も夜勤や手術やと忙しいようで叶わなかったらしい。

実と長谷川を二人きりで何日も過ごさせるのは癪に障りすぎるし、かと言って他の組員も加えたところでその組員が障害のある実をきちんと扱えるか不安すぎる。

それならば、こちらはこちらであまり乗り気にはなれないものの、兼ねてより再三申し出られていた場所へ実を預ける方がまだ、マシ、であると遠藤は判断をしたようだ。

その『再三申し出られていた』というのは他でもない。

此処・霧島組本部邸の事実上の主・中里泰平とその側近・石森時貞である。

先代組長・幹部であり今も十分霧島組内外において発言力のある二人が遠藤の『嫁』である実をまるで孫か何かのようい可愛がっているのは長谷川も知っている。

実が携帯電話を所有するようになってからは用がなくても電話が掛かってくるし、特別な理由がなくとも菓子やなんやとダンボールで届けられる事もある程だ。

遠藤は泰平・石森どちらの実子でもないが、子供に石森に拾われ霧島本部邸で育てられた為、泰平にしても我が子と大差の無い感覚なのだと以前聞いた事があった。

そして、中里や遠藤はどうにも、子供時代から『可愛げ』という言葉とは程遠かったらしく、故に実が可愛くて仕方がないようだ。

「ついたね。たのしみね」

両開きの荘厳な門扉。

そこは既に車一台が悠々と通れるよう開けられ、そしてその周辺には見るからに『その筋の人』だと解る男達が出迎えていた。

長谷川と比べようとしても比べられない歴然たる差を見せ付ける組員らに身が縮み上がる。

今日から一泊二日、千原も、遠藤すら居ない、つまるところ実を除いて顔見知りの一人も居ない組幹部ばかりの場所で過ごさなくてはならないのだ。

己がどれだけ『チンピラ』であるか理解しているからこそ、長谷川の緊張は恐怖と言い換えてよかった。

一時は実だけを行かせるかという案も遠藤の中に出たようだが、それはそれで不安だったらしい。

なんだかんだと言ったところで、長谷川の実へのサポートは頼りにも信頼もしているようだ。

「実さん、到着しました」

「はぁい」

素早く助手席から降り、後部座席の扉を開ける。

ノウテンキさしか伺わせない笑みを浮かべ、実はそこから降り立った。

周囲の黒スーツの男らが一斉に頭を下げる。

どんな様子で、年齢が幾つであったとしても、実が若頭の大切な人であるというには変わらない。

「うぅ、じゃりじゃりするね。あるきにくいね」

「そう、ですね・・・」

車内では実が望んで抱えていたリュック。

普段はスクールの教材を入れているが今はお泊まりの為の衣類一式が入っているそれを長谷川が担ぎながら実を見やった。

じゃりじゃりというのは砂利が敷き詰められた地面だ。

ただでさえ上手く歩けない実には、ここはどうにも難しいのだろう。

これ程多くの兄貴分の居る中、若頭の情人である実に過剰に触れ合うのは躊躇われたが仕方がない。

転倒して怪我をしてしまう方が困る、と長谷川が実を抱き上げようと手を伸ばした、その時。

屋敷の方がざわめいたかと思うと、組員等をかき分けるよう、二人の男達が現れた。

「っ・・・・」

「実!実よう来たな」

身体が、動かない。

覚悟はしていたが、まさかこれほどまでの威圧感なのか。

「あ、たいへ。ときー。こんにちわ」

「実は菓子が好きだと聞いてたからな、沢山用意してるからな」

砂利を鳴らせ早足で来た彼ら───此処、霧島本部邸主・中里泰平とその側近・石森時貞は、長谷川を突き飛ばさん勢いで実を奪うと、タッチの差で早かった泰平が実を軽々と抱き上げた。

還暦を過ぎた男がいくら小柄だとはいえ仮にも18の青年を抱き上げるとは、なんとも奇妙な構図だ。

もっとも、泰平にしても石森にしても、『引退』だの『老後』などと揃って口にしながら、どちらも己らを年寄りなどとは微塵も思っていないのだろうが。

「みのね、おかしね、すきー」

「そうかそうか。実が好きなやつがあったら良いがな。無かったらすぐ買いに行かせるから言うんだぞ」

「うん」

「今日はワシらがなんでも、実の好きな事してやるからな。豊に言えねぇような事も言っていいからな」

慌てて、しかし数メートルの距離を保ちながら。

長谷川は上機嫌でならないとばかりの泰平と石森の後についてゆく。

その様子は後姿しか伺う事は出来なかったが、二人がどれほど緩んだ表情をしているのかは見ずともわかる気がした。

代替わりをしたとはいえ、霧島組はもちろん宮川組内においても十分権限を持つ彼らを虜にしてやまない渦中の実は、泰平に抱き上げられた場所から、長谷川を見つけると嬉しげに手を振って見せたのだった。





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