ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実のお泊り・2)



祭事の折りには一面の襖が取り払われ大広間として使われる続きの和室の一角。

長谷川は、今は小部屋として仕切られているその片隅で身を小さくしていた。

「・・・・・」

泰平が実を膝に乗せ重厚に磨き上げられた木製の座卓に広げた『それ』を見せ、座卓の角を挟み腰を据えている石森は『それ』を勧めながら実をのぞき込んでいる。

そして長谷川はちょうど彼らを正面から眺める位置に座っていた。

何故彼らの背後を選ばなかったのか。

というよりも、何故長谷川が腰を下ろした後から実が泰平らを引き連れ場所を移動してしまったのか。

諸々を含めた判断ミスが悔いても悔やみきれないのは、緊張と畏怖から来る激しい恐怖心故だ。

どんなに目じりを下げていたとしても、長谷川にとって泰平と石森は尊敬と同じく恐ろしい存在であるというには変わらない。

「実、実はこういうのが好きだって聞いたから、買ってきたぞ」

「こっちか?あれなんてどうだ?」

「・・・?みの、あんまり、たべたことない」

嬉々とする二人とは裏腹に、当の実は眉を下げきった面持ちで首を傾げた。

その言葉に、狭い個室の空気が一変したのを長谷川は感じずにいられない。

そして、実の付き人としてのキャリアを確実に積み上げている長谷川としては、『それ』が実の好物ではない事もよく知っていた。

何をどう伝え間違ったのか。

憶測でしかないが、遠藤の言葉が足りなかったのだろう。

「そうなのか?いや、だが、確か豊から・・・」

「そうだ、豊が実は甘いモンが好きだって・・・・」

「うー。ちがう。あのね、あのね・・・・あ。みのね、あまいのすき。でもね、みのね、けーきすき」

「ケーキ・・・あぁ、そうか」

「そうだな、若い子はこんなモン食わんわなぁ」

カラリと笑い言う実に、泰平と石森は可哀想なまでに気落ちをしているようであった。

そこに並べられていた、『甘いもの』。

それは、色取り取り様々な種類が並べられた───和菓子であった。

大層細工の凝った練り菓子もあればただ茶色く丸いだけの饅頭もあり、その取り合わせの多彩さから彼らは彼らなりに迷った事は十分に伝わる。

しかし、男社会に生きた彼らの中には『スイーツ』なる言葉が無く、そして例え知っていたとしても彼らに進言出来る者が居ない為、『甘いもの』として饅頭などが揃えられたのだろう。

だが、実は滅多に和菓子を食べない。

それは好き嫌いというよりも、馴染みが少ない為にわざわざおやつに選ばないといったところだ。

「そうか、食わんか・・・」

「・・・実、ケーキ、すぐに用意してやるからな」

無理に明るく振舞う泰平と石森がいっそ痛々しい。

数々の修羅場を潜り抜けて来た男達であるが、どうやら実の言葉は凶器のようである。

その事にようやくそれに気がついたのか、それとも単なる偶然か、実はもう一度頭を振ると饅頭が盛り付けられた皿へと手を伸ばした。

「でもね、みのね、これたべたい。ぴんくのおはなさん。たべたい」

「そうか、そうか食べたいか。これは俺が選んだやつだ」

「食べてくれるか。実は良い子だなぁ。食え食え、きっと旨いぞ」

薄桜色の愛らしい練り菓子を手にした実に、二人から歓声に近い声があがる。

その様子は初孫の機嫌を伺う祖父そのままであるが、実は二人の孫ではなく、最大限寛容に関係をみても『息子の嫁』でしかない。

「いただきます。・・・ん?おいしい、ね」

「そうか、旨いか」

「それはよかった。いくらでも食っていいからな。好きなだけ食っていいからな」

「ほんと!?」

「あぁ。ほら、茶だ。誰も取らねぇからゆっくり食えな」

「はぁい」

実が嬉しげに声を弾ませる。

それを耳にした長谷川は一瞬肩を上下させたものの、ただ握りしめる拳を堅くするだけしか出来なかった。

口に出来る訳がない。

だがもしも叶うなら、実に『全部食べて良い』などと実に言わないで貰いたかった。

なぜなら、『全部食べて良い』と言われれば、実は本当に全部を食べてしまいかねないのだ。

実は未だに華奢な外見をしているが、しかしとてもよく食べるタイプである。

そして、ただ沢山食べるだけではなく『自分の食べられる限度』を把握していない為、放っておけば食べた後に気分が悪くなったり夕食が食べられなかったり、という事はざらだ。

故に長谷川は、ケーキは一回に2つ、アイスクリームは一日に2つ、と実にルールを作っていた。

だというのに大皿に盛りつけられている、たぶん目に付いた物を数店舗で手当たり次第買ってきたと思いしそれらを全部だなどと。

実の身体を壊す気か、と長谷川は声にならない声で内心叫んだ。

「次はどれだ?」

「これも可愛いだろ」

「こっちも旨そうだぞ」

「えっとね、みのね・・・」

実が旨そうに食べる様が嬉しいのだろう。

泰平と石森が次々の饅頭や練り菓子を勧めていく。

そして勧められたものを素直に食べていた実であったが、しかし───その異変は実が4つめを食べ終えた時に訪れた。

「次はどれに・・・ん?実、どうしたんだ?」

あれ程までに上機嫌であった実の表情が、途端に曇ったのである。

次はどれだと言われても手を出さず、挙句の果て視線を彷徨わせては助けを求めるよう長谷川を見つめていた。

その視線に気がついたのは長谷川本人だけであったのは幸いで、長谷川は釣られるよう頭を上げた。

「もう腹いっぱいなのか?」

「だったら残して良いんだぞ?」

「あぁ、無理する事はねぇ」

「・・・・。のこしていいの?」

「そうだぞ。実はちっこいからな。無理に食べて腹でも壊したら大変だ」

「よかった」

二人の心配しきった言葉は、実に笑顔を取り戻させた。

心底安堵したとばかりの実は湯飲みを持ち上げると危なっかしい手つきでそれを持ち茶を啜る。

実は、ただ腹がいっぱいだっただけなのか。

まだ小さな饅頭ら4つだけでそれは珍しいし、加えて、腹が一杯だと言い出せないというのもなんとも実らしからぬ───そう、脳裏を過ぎった長谷川であったが、次の瞬間、やはり己が間違っていなかった事と青ざめる思いを同時に感じるしかなかった。

「───みのね、これきらい」

「・・・・・・」

「嫌い、か?」

「嫌い・・・なのか?」

「うん、あのね、あんこさん、いっぱいはいらない。みのね、いっぱいたべるの、けーきがいいなぁ。ね、じゅんくん」

ザッと音がしそうな勢いで、泰平と石森・霧島組の重鎮の重い眼差しが長谷川へと注がれる。

何故こちらに話しを振るのだ。

YESと答えてもNOと答えても、どちらも正解であるとは思えない。

鋭すぎる眼光は長谷川から呼吸すら奪っていくようで、それもありあまりに頭が真っ白になってしまい上手い言葉の一つも出てはこなかった。

「あ・・・・・ぅ・・・・ぁ・・・」

遠藤一人でも恐ろしいというのに、この二人を相手にするには自分が如何に小者であるのか突きつけられるようだ。

我知らぬとばかりに実が泰平の膝で茶を啜っている一方、無言の肯定だとも気づかず長谷川はうなだれるようにこれでもかと頭を下げるしかなかったのだった。






+目次+