ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実のお泊り・3)



おやつの件があったからか、夕食は急遽実の好物へとメニューが変更された。

まるでお子様ランチのような取り合わせに泰平と石森の方こそ動揺を隠せないでいたようだ。

普段から洋食よりも和食が多いらしいという二人に、ハンバーグやスパゲティー・エビフライなどが少しづつ盛られており、米も白米ではなくケチャップライスにされているのは胃に堪えるのだろう。

そうして、実だけは至極満足をしたらしい夕食を終え暫くがした頃であった。

「石森、てめぇ俺に逆らう気か」

「いくら相談役といえど、こればかりは」

「ンだと、石森」

「・・・・・」

ほんの数分、長谷川が実の傍から離れた隙である。

立ち上がり低い唸り声を掛け合う二人に、その足下でちょこんと座る実。

長谷川は離れて見ていただけで恐怖から震えだしそうであったというのに、直ぐ近くにおりながら動じず二人を見上げている実はある意味凄い。

「実さん、あの・・・何があったんですか?」

そろそろと、出来るだけ泰平らの意識を惹かないよう注意しながら部屋の中を進み実の背後へ回る。

今しがた長谷川は、今晩から明日の朝に掛けてについて、この本部に在住する組員の一人と話しをしてきたのだ。

泰平と石森が居れば実から離れても平気だろうと決め付けて居たが、まさか元の部屋へ帰って来るなり聞こえたのが泰平の怒号だなどと。

うろたえる長谷川に、けれど実は平然と言ってのけた。

「あのね、おふろのおはなし」

「は?・・・風呂、ですか?」

「うん。あのね、みのね、おふろはいるの」

「あぁ、そろそろそんな時間ですね」

この部屋には時計は無かったが、先ほどまで居た部屋で確か20時を示していた筈だ。

普段の実の生活を思い浮かべ頷く長谷川に、つられたのか実もコクコク頷く。

「で、それがどうしたんです?」

「ときーがね、おふろいったの。でね、みのね、はいるいったの。そしたらね、たいへえもね、おふろいったの。でね、たいへいねおこったの」

「えー、って事は・・・・どっちが実さんと風呂入るか、っていうのでその、こうなったって事ですか?」

「うん」

霧島組の重鎮が、それどころか宮川組においても未だ発言権のある彼らが。

何に対し怒号をうならせているかと思えば、実と風呂に入る権利であったなんて。

開いた口が塞がらない心境になりながらも、長谷川は懸命に平静さを取り戻そうとした。

この事態をどう収めるべきか。

たかだか下っ端でチンピラな己の力でどうと出来るとも思えず、彼らの側近に出張ってもらうしかないかもだろう。

そう、考えていた時。

立ち上がった実が、長谷川の袖を掴み引っ張った。

「じゃね、みのね、じゅんくんとはいる。じゅんくん、はいろ」

「えっ!!・・・っ」

大して大声でもない実の一言。

それに、恐ろしげな言葉のラリーを繰り広げていた泰平と石森は瞬時に口を噤むと鋭過ぎる双眸で長谷川を見下ろした。

「・・・・・」

実は何故このタイミングでそのような事を言うのか。

普段から一緒に入っている訳でもないのに、実の何も考えていなそうな笑みが今は恨めしい。

「いや、あの、その、実さん、俺はちょっと・・・頭に殺されますし」

それよりも先に、目の前の二人に殺されそうでもある。

視線を泳がすしかない長谷川は、掴まれた腕を振り払う事も出来なかった。

「じゃね、みのだれとはいるの?ひとりではいるの?」

「ワシと入ろうな、実。うちの風呂は広いぞ」

猫なで声の泰平が長谷川を突き飛ばし実を抱き上げる。

多少の身体の痛みはあれど、殺されるより確実にマシだ。

ともあれ、実の一言がきっかけとなり口論は収まったのだろう。

これでようやく事態は終焉に向かった───かと思ったが、生憎そう甘くはなかった。

「相談役、ここは譲れねぇと言ってるんです」

「てめぇも大概諦めわりぃなぁ。殺すぞ」

泰平の独断を許さない石森が尚も食い下がり、今一歩で双方胸倉を掴み合ういそうだ。

それどころか、もっと酷い惨劇を生むのではないかとも考えてしまう雰囲気である。

この場に実を残していくのは心苦しいが、生憎実は泰平の手中。

ならば出来るだけ早く帰ってくる事を誓って、此処はやはり誰かに助けを求めるしかない。

意を決した長谷川が立ち上がった時。

それまでただニコニコとしていた実が、泰平に抱かれたまま身体を反らし石森を振り返った。

「じゃね、ときーもいっしょにはいろ」

「え・・・?」

「実?」

「たいへえのおふろね、おっきいんだって。だからね、みんなではいろ。だからね、けんかだめだよ」

それは、まるで邪気がなくて。

嫌味も、誤魔化しも何もなくて。

純粋で真っ直ぐな言葉は、ヤクザものの男二人の胸にしっかりと突き刺さったようだ。

「・・・・そうだな、三人で入るか」

「相談役、よろしいので?」

「実がこう言ってんだ。それに、うちの風呂ではねぇが温泉だのサウナだのてめぇと何回行ったと思ってる」

「そう、ですね」

今度こそ、長谷川は開いた口が塞がらなくなった。

あれほど険悪な雰囲気であったというのに。

それをいとも容易く収められるなんて。

泰平と石森の口論を平然と眺めていた以上に、今の実を『凄い』と思わずにいられない。

「おふろ、おふろ。みのね。ひろいおふろ、たのしみ」

「そうか。身体はワシが洗ってやるからな」

「それじゃぁ、頭はワシが洗ってやろうな」

「うん」

さすが、あの遠藤と暮らすだけある。

もしかすると、長谷川の知らないところでは遠藤も実に恐ろしい姿を見せているのではないかとふと憶測が脳裏を過ぎった。

弾んだ声で言いながら、実は長谷川に手を振る。

どれが誰で何が誰でと話しをしながら部屋から出て行く三人を、長谷川は呆然と見送るしか無かったのだった。





+目次+