ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実のお泊り・4)



霧島組本部邸に宿泊した深夜である。

普段ならば、夜も早い時間に眠ってしまう実を寝室に見送り、遠藤らが帰宅すれば挨拶をし遠藤家を後にするのが長谷川の生活だ。

だが、兄貴分が大勢居る本部邸で同じようにいく筈もなく、実が泰平と石森に伴われ寝室へ向かった途端、長谷川は宴の席に呼ばれていた。

後から聞いた話だが、どうやらこの宴は泰平と石森の指示の元であったようで、なんでも長谷川をそこへ縛り付ける為だったようだ。

そんなこんなで次から次に注がれる酒を断れず、下っ端の長谷川が霧島の幹部やそれに近しい人物らと対等に振舞えも出来ず、旨い筈の酒の味も判らないまま酔えない宴会は深夜過ぎまで続いていた。

長谷川の酒の強さは『やや強い』。

若い頃から粋がり、アルコールを飲んでは吐いて、を繰り返していたので『飲める』というよりも『吐きながらなら飲める』というなんとも不毛な体質だ。

しかしそれは同席の幹部らの気に入るところだったようで、酒を勧める手は増すばかりであった。

賑わい続ける宴会をなんとか終えたのは、その席に参加していた上役が3人も4人も眠ってしまったので、『そろそろ』となったのだった。

「・・・」

宴会の跡が残る部屋から這い出て、長谷川は疲れきった身体を使うようにと言われていた部屋で休める。

長かった一日がようやく終わった。

神経の磨り減り方は日常と比べ物にならないくらいだが、その要因を思えば苛立ちを起こす事も出来ない。

そうして長谷川が眠りに落ち───て、体感時間としてたった数分としない内に、何かにより身体を酷く揺すられた。

「・・・っンだよ・・・」

半分以上眠ったまま、長谷川は腕を強く振るい自身を揺するモノを払う。

すると、ソレはあっさりと揺するのを止めたのでホッとし再び眠ろうとしたが、しかしすぐに長谷川はハッとし跳ね起きた。

「・・・・・たぁ。じゅんくん、いたい。ひどい」

「実さん、何やってんですか?」

一度起きてしまえば、そして状況が頭に届けば、覚醒は早い。

明かりをつけっ放しに寝てしまったのは幸いで、布団のすぐ隣りで尻餅をつく姿・実を眺め長谷川は眉を下げた。

実は両手で額を押さえ、恨みがましそうに長谷川を見つめている。

パジャマ姿で、髪もグシャグシャだ。

無意識に手が伸ばされていた携帯電話で時刻を確認すると、真夜中午前二時。

アルコールで頭はガンガンしたが、それを差し引いても眠っていたい時間帯である。

普段、遠藤が出張など帰宅出来ない日は、長谷川も遠藤家の隣りの詰め所に泊まる事もあったが、今まで実が夜中に起き出した事は一度もないというのに。

仕方がなく布団の上に胡坐を組んだ長谷川は、今なお抑えている実の額を撫でてやった。

「すんません、殴るつもりなんてなかったんすよ。ただ実さんってわからなくって。で?どうしたんすか?便所っすか?」

「ちがうよ。みの、おといれひとりで、いける」

「じゃぁ、さみしくなったんすか?」

所謂ホームシックか。

いくら泰平と石森が一緒に居ても、遠藤が居なく自宅でもない、というのは辛いのだろうか。

しかし、実はそれに対しても否定的に首を振った。

「ちがうの。あのね、すごくてね、おきちゃったの。でね、ねれないの」

「凄い?何がっすか?」

「ときーとね、たいへえね。うるさいの」

「煩い?」

「ガーガーゴーゴーね、うるさいの。みの、あれ、やだ」

「・・・・・」

さも嫌なもののように、実が顔をしかめる。

耳を澄ますと、誰のものであるかはわからないが、確かに遠くからいびきが聞こえてきた。

いくつもの壁や襖を越えて聞こえるのだ、もしも同じ部屋に居ればそれは凄まじいだろうと容易に想像はつく。

「それで、実さんは俺んとこ探して来たんすか?」

「うん。あのね、いっこいっこね、おへやみてね。さがしたらね、じゅんくんいた」

「あ、すみません。わざわざ・・・・・」

それで、己に何をしろと言うのか。

別の部屋を用意してくれと言われたなら、自分にそのような権限はないので別の本部邸の管理の組員で起きている者を探して頼むしかないが、眠い身体を我慢すればそれぐらいなら出来る。

泰平と石森を起こしてくれと言われれば、それは強すぎる恐怖心から出来ない相談だ。

そして、もしも───。

「でね、」

実の手が、長谷川が座っている布団に掛けられる。

それをぽんぽんと叩きながら、実は長谷川の内心など露も知らず、午前二時には相応しくなく思える能天気な笑みを浮かべた。

「じゅんくん、みの、ここでじゅんくんといっしょ、ねていい?」

そして、もしも───此処で寝ると言われたならば、長谷川が取るべきは一つしかない。

「・・・・。わ、わかりました。実さん、ここお使いください」

「ありがと。わぁい。じゅんくんといっしょ」

「いえ、俺は向こうで寝るんで」、

とんでもないと、長谷川は即答で答え、立ち上がった。

実と一緒の布団で眠るなど、それどころかたとえ離れていても同じ部屋で一夜を明かしたというだけでも、翌朝には長谷川は鯉の餌だ。

「・・・。むこう?」

「はい。さっきまで飲んでた部屋で兄貴らも寝てる筈なんで、そこで」

長谷川は来客扱いなので一応こうして部屋を与えられていたが、他の年配らの組員はそうではない。

各々適当な部屋に散っている者も居るだろうが、酒瓶転がる部屋で雑魚寝をしている者も居る筈で、長谷川もそこで寝れば済む話だ。

「・・・。じゅんくん、ごめんなさい。みの、きたからね、じゅんくん・・・」

「いえ、実さんが謝る事じゃないっすから、気にしないでください。それより、ちゃんと寝てくださいね。じゃないと、余計俺、怒られますから」

「ありがと、じゅんくん」

パッと笑った実が、直ぐに大きなあくびをして眠そうに目を擦る。

きっと安心をして眠気を思い出したのだろう。

その面持ちは到底18歳には見えず、泰平と石森が孫のように可愛がる気持ちがとても良くわかる。

ヤクザ社会には居ないと断言しても良い、天使か小動物のような実。

彼に甘いのは、決して泰平や石森そして遠藤だけではないという事だ。

「電気、消しますね」

「はぁぃ・・・・」

尻窄みの返答。

電気を消す前に見た実は、既に布団にもぐりこんでおり、この分では夢の世界に戻るのは直ぐだろう。

「おやすみなさい」

「・・・・」

小さく声を掛けた長谷川は出来る限り足音を立てないよう心がけながら、宴会の痕跡残る部屋へと戻って行ったのだった。





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