ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実のお泊り・5)



長い長い一泊二日の日程が、ようやく終わる。

心なしかぐったりとした長谷川は、旨そうにケーキを食べる実の後ろでため息を堪えた。

昨晩実が長谷川の寝室へやって来た後、長谷川は宣言通り宴会をしていた部屋で寝たが、畳の上の雑魚寝も酔った身体には関係なくすぐに眠れた。

寝室に行った筈の長谷川が戻って来た時間をまだ一人酒を飲んでいた兄貴分が覚えてくれていたのは幸いだった。

それというのも、朝目覚めると一緒に寝た筈の実が居ないと大騒ぎをした泰平と石森が、長谷川を言いがかりに近い形で責めたのだ。

己らから実を奪っただとか、実にあられもない事をしただとか、怒りに任せてある事ない事を言い重ねられたが、長谷川には身の潔白を強く主張する立場にはない。

そんな中、寝室に行って一時間かそこそこで戻ってきた長谷川がただ実を連れ出すには何のメリットもない、ましてや男同士が行為をしている時間があるかも疑問だ、と兄貴分が証言してくれた為、長谷川への責めた手は止められたのである。

実が泰平と石森に『たいへえとときーのね、いびきね、みのね、やだ』と言ったのは、一応事態の終止がついてからだ。

皆が口々に言い合っている最中、思考の遅い実は口を挟めなかったのだろう。

その一言に、その場に居た全員が固まったが、泰平と石森が言葉を無くす以上何も起こさなかったのは幸いだ。

そんなこんながあり、朝食後買い物へ出かける一行に長谷川は同行を許して貰えなかったが、むしろほっとした一時が得られた。

実が心配と言えば心配だったが、もしもなんらかの粗相をしたとしても、あの二人がなんとかするだろう。

実がいないという事は仕事もなく、手持ちぶさたの長谷川がせめてもだと屋敷の内外の掃除に勤しんでいると、誰に指示された訳でもなく自ら奉仕する姿に屋敷を管理する古株の組員らには好印象に映ったようだ。

普段、実が家でテレビを見ている時も、長谷川は暇を持て余し掃除をするなり料理をするなりこっそりゲームをするなりをしている。

長谷川にしてみれば、ぼうっとしているのが性に合わないだけであるのだが、住み込みの連中よりよく働くと誉められた。

掃除だけではなく、草木に水をやっていたのも好印象の一因かもしれない。

もっとも、その実体は、屋敷の日陰に座り込み遊び半分で水をまいていただけであるのだが。

そして昼過ぎ、様々な物を大漁に買ってもらい昼食も外食で済ませた実が帰宅。

実が無意識の日課となっている昼寝をおこない、その間も長谷川は泰平らから逃げるように屋敷の隅で掃除をし、先程起きた実がおやつのケーキを食べ、現在に至っていた。

今日のおやつは、昨日の件を未だ気にしている泰平らと実が選んで買ってきたものだ。

「ときーおいしいね。みのね、これね。すきー」

「そうかそうか、そりゃぁ良かったなぁ」

「実が喜んどるんが一番嬉しいわ」

にこにことした実が、フォークに突き刺したケーキを口にする。

実の前にはケーキが二つ並べられていた。

なんでも『何個でも買え』という泰平らに対し、実が二つでいいと言ったらしい。

いつも長谷川が言っている事を律儀に守ったようで、帰宅するなり笑顔の実に誇らしげに『やくそく、まもった」と言われれば、つい頭を撫でたくなってしまう。

その姿を泰平らに見られてしまいどつかれたとしても、それすら良しと思ってしまっている。

「実さん、もうすぐ頭が到着されるそうです」

「ゆたくるの?みのね、うれしい」

携帯電話が着信に震えたので一旦席を外した長谷川は、短い会話を終えると実に着信相手である千原からの伝言を伝えた。

遠藤が仕事を終え、此処本部邸に実を迎えに来るという。

予定ではもう一・二時間遅かった筈だが、どうやら遠藤は急いだようだ。

嬉しい、という言葉を表すかのように笑みを浮かべ、実は心持、ケーキを食べる手を早めた。

「ゆたね、おみあげ、かってくれるいった。なにかな?みのね、たのしみ」

元々良かった機嫌をさらに上機嫌にする実に、泰平と石森はどこか焦った声を上げる。

遠藤が早く戻るという事は、実もまた早く此処から出て行くという事に他ならない。

「実、まだ帰らんでも良いだろ。ずっとここに居ても良いんだぞ?」

「そうだ。豊も一緒にもう一晩泊まっていけ」

長谷川にとっては長すぎるまでに長い二日間であっても、泰平らにしてみれば短過ぎたのだろう。

必死に実の気を惹こうとしている様だけを見ていれば、到底ヤクザの大物だとは思えない。

もっとも、それは長谷川が二人を恐ろしく思わない理由にもなりはしないのだが。

何を買ってやろう、次は何をしようと、思いつくまま言っているような二人に、けれど実は無情にも笑顔のまま首を降った。

「みのね、かえるの。あのね、ゆたとね、おやくそくしたからね、みの、かえるの」

「・・・・約束?」

「そりゃぁ大切なもんなのか?」

「ずらせるなら別の日にでも・・・・」

「あのね、みのね、ゆたとね、えっちするの。だからね、おうちかえるの」

「・・・」

「・・・・・」

「・・・・・・・」

「ごちそうさま、でした」

言葉も出ない泰平と、石森と。

その後ろで真っ白になる長谷川と。

思えばこの二日、長谷川は何度このような気分を味わっただろうか。

寿命が年単位で縮まった気がした。

「そう、か」

「・・・・それは、しかた、ねぇな」

泰平と石森は忘れ勝ちかのようだが、実は二人の孫では決してなく、遠藤の嫁であり、当然深い関係でもあるのだ。

直視したくなかった事実を突きつけられ、二人はニコニコとする実から目を逸らした。

きっと、それ以上この話題に触れたくなかったのだろう。

妙な沈黙が流れる。

ただ実がケーキを食べる音だけが聞こえる、広めの和室の個室。

その無言の空気を破ったのが遠藤の到着であったのは、タイミングが良かったのか悪かったのか定かではない。

「・・・・あ、ご到着、っすかね?」

「?ゆた、きたの?」

「多分、そうじゃねぇかと」

先程の連絡からの時間と、玄関が騒がしくなった事を考えれば、まず間違いがないのではないか。

無意識のうちに廊下と部屋を仕切る襖を見やった。

ケーキを食べるのも止めそわそわとしてしまっている実の後ろで、長谷川は元々着崩している襟を正す。

「ゆたかなぁ。みの、はやくゆた、あいたいなぁ」

苦い顔をする泰平と石森など目にも入っていないように。

実は辺りを見渡しては身体を揺らし落ち着かない。

今にも立ち上がり、迎えに行くと言い出さないかと思っていた時、淀んだ空気を打ち破るように襖が勢い良く空けられた。

「遅くなりました」

「ゆた!」

黒いスーツに派手な色のシャツ。

後ろに撫で付けた髪と、落ち着いた雰囲気は実年齢よりも年を上に見せる。

そして同じく年齢よりも不相応過ぎる威圧感を放ち、遠藤は和室に入ると丁寧に頭を下げた。

「早ぇじゃねぇか。もっとゆっくりしてこい」

「そうだぞ、豊、てめぇ」

「・・・。実がご迷惑をお掛けしましたら、ご老体に申し訳ないと思いましたので」

丁寧なのは、どうやら態度だけのようだ。

慇懃無礼とはこの事だとばかりの言葉を口にし、腰を落ち着ける事もなく、座ったまま両腕を向ける実へ腕を伸ばした。

慣れた手つきで軽々と抱き上げ、そのまま踵を返そうとすらするので、長谷川も慌てて立ち上がった。

冷淡な面持ちである遠藤の感情はわかり難い。

「おい、豊。てめぇ、偉い口聞くようになったじゃねぇか。あ?」

「餓鬼が調子乗ってんじゃねぇぞ」

一方的な遠藤に泰平と石森が黙っている筈もなく、座卓に手を付き立ち上がろうとする二人は明らかに苛立っている。

それもそうだろう。

予定よりも早くに実を取り上げられ、その上あの言い草なのだ。

何故遠藤はあのような余計な事を言ったのかと、長谷川は一歩後退った。

「俺はただ、お二人をご心配しただけですよ」

「あのね、ゆた。みのね、ごめいわく、してないよ」

「そうか。実は良い子してたんだな」

「うん。たいへえとときーもね、みのにね。やさしい、してくれた。みのね、たのしかった」

「そうか、良かったな。ありがとう、言ったか?」

「あ。たいへえ、ときー。ありがとう。ございました」

遠藤に抱かれたまま、実が振り返る。

満面の笑みでそう言われれば、二人が怒気を持ち続けていられない事を遠藤は理解していたのだろう。

だからこそのささやかな嫌味。

所詮は口の悪い親子の世間話し、といったところか。

それにしても、長谷川にとってはなんとも心臓に悪い。

「そうか・・・。実は楽しかったか」

「実にそう言われちゃぁ・・・なぁ」

「実、絶対また来るんだぞ」

「豊、てめぇも実連れて来るんだぞ」

「・・・・。では、今日は失礼します」

無言の返答は了承か、それとも。

実を抱いたまま目礼だけを寄越し、遠藤はさっさと部屋を後にした。

いさぎは良いが印象如何は如何なものか。

とはいえ、それこそが遠藤の湾曲な親密さの証、と言えなくもない。

「たいへえ、ときー。ばいばい。あのね。またね。くるね」

「また来てくれるか。そうか」

「今度はもっと、実が好きなもん用意しといてやろうな」

「実、土産は車だぞ」

「みのね、はやくみたい」

「じゃぁ、急がねぇとな」

遠藤は実を抱いたまま玄関へ向かい、それを追い泰平と石森も部屋から出てゆく。

賑わっていたそこが、急に静まり返った。

「・・・。失礼します」

無人となった部屋で長谷川が無意識の内に口にしていた謝礼の言葉は、果たして誰に向けた言葉なのか、長谷川自身にも判断は付かない。

ハッとし、長谷川も急いで玄関へ向かう。

とろとろしていては置いて帰られかねない。

「やっべ、頭ならぜってぇ俺置いてかれるっ」

出来るならば、次に来る時は自分自身の組の用で訪れたいものだ。

だが、それは当分先の話しだろう。


【完】

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