ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(目覚めた雪の)



倉庫から脱出した直ぐ後、治療をしてもらっていた医者が帰って暫くが経ったが、雪はぼんやりとシミ一つ見あたらない天井を眺めていた。

ここは隆二───浩介の家らしい。

以前、雨の日に連れて来てもらった部屋はこんな風であっただろうか、とは違和感は感じだが、今の雪にはそれ以上考えられはしなかった。

とてもめまぐるしく、様々な事が起こった気がする。

失望と絶望と、それから夢のような幸せと。

その落差があまりに激しくて、何処までが現実でどこからが夢なのかもわからない。

今、この瞬間は夢ではないのか。

雪は重く垂れ込める瞼を閉ざした。

全身が痛くて、ただ横たわっているだけでも辛い。

手当をしてもらったけれど、沢山貼られたテープやガーゼも気持ち悪い。

けれど、心の中心はこれでもかと幸福に満ちている。

もしかすると、自分はあの時、粗末な倉庫の床の上で死んでしまったのかも知れない。

死後の幻想の中だからこその幸福か、そう考えればしっくりと納得出きる気がした。

しかし、抱きしめてくれた愛しい人の腕があまりに優しくて。

暖かい彼の指が肌に食い込み、抱きしめるその腕が痛いまでに力強く、これは現実なのかもしれないとも思えた。

「・・・こうすけ、さん。浩介さん」

知らなかった名前。

本当の、彼の名前。

まだ言い慣れないそれを口の中で何度も繰り返す。

一度言う毎にその名は雪の中に入っていくようで、『隆二』ではなく『浩介』という名の存在を大きく感じた。

赤星は情報を聞き出したかった為に自分を利用したと言っていた。

今も騙されていない保証はない。

けれど、何故だか雪は無条件に赤星を信じられた。

嘘と暴行と恐怖の中で生きてきた雪だからこそ、優しい温もりには弱くて、それを与えてくれる赤星を信じたいと思ってしまう。

殴られても乱暴に扱われても、少しの優しささえ与えてくれれば雪はそれで満足をするだろう。

しかし。

「・・・浩介さんは、しない、よね」

彼の優しい温もりが忘れられない。

何処がどうだとは言えないが、彼が大切にしてくれているというのは、倉庫へ迎えにきてくれた以来感じている。

それは、公園で会っていた時との優しさとはまた違う印象で、今まで知り得なかった感覚がすくぐったいけれどとても心地良かった。

「浩介さんに嫌だって言われるまで、ここに居て、良いの、かな・・・」

柔らかい布団。

汚れている自分を躊躇わずに寝かせてくれた赤星。

鼻腔をくすぐる優しい香りは、彼が食事を用意してくれているそれだ。

「どうしよ・・・・わかんないや」

少しでも彼と居たい。

彼に必要とされたい。

けれど、彼の役に立つ方法がすぐには思いつかなかった。

ただSEXをし殴られても文句を言わない便利な存在、そんなものを彼は求めていないだろう。

閉ざしていた瞼を開ける。

涙で霞んだ天井は上手く見えなかったが、離れた場所から大好きな彼が名を呼ぶ声はやけにはっきりと聞こえたのだった。


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