ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(プールの準備)



朝から上機嫌であった実が如雨露を手にソファーの上で身体を揺らせているのを、長谷川はその後ろに立ち眺めていた。

「あしただね、じゅんくん」

「そうっすね。楽しんで来てくださいね」

「うん!」

事の発端は二日前。

なんでも、中里の兄貴分で関西にシマを持つ香坂組の若頭・香坂甲斐に、ずっと実が行きたがっていた場所、行楽向けのプールへ中里と遠藤それぞれの恋人が招待されたというのだ。

それを初めて実が遠藤から聞かされた時、長谷川もその場に居たのだが、実の喜びようといえば見ているだけでこちらも嬉しくなる程であった。

実がプールに行きたがっている事も、実にはきちんとした理由を告げられないまま叶えてもらえていなかった事も、いつも実のそばに居る長谷川はよく知っている。

そして、遠藤は一度決めた事を簡単に覆す人ではないというのも長谷川は知っており、それでもいつか遠藤が連れて行ってくれると純粋に信じている実が可愛そうに思っていた。

それがようやく叶えられたとあり、長谷川は我が事のように嬉しかったのである。

「水着は昨日、頭が買って来たんすよね?」

「うん。あたらしいみずぎ。あのね、かわいいの」

それだよ、と実が言うので、長谷川はソファーの隅に置かれていたショップバックを手にした。

実は水遊びように海パンを持っていたが、今回の為に遠藤が新しい物を買って来たようだ。

季節外れの水着を探すのは大変だったらしい。

「・・・、へ・・・へぇ。可愛い、ですね」

ガサガザと袋から取り出した物を目に、長谷川は乾いた笑いを浮かべた。

そこに入っていたのは、デニムのショートパンツと水色と白の横ストライプのタンクトップ。

そして、セットアップなのだろうそれは、どこからどう見ても女性用だ。

このサイズでこのデザインが似合う男など、どれほど居るというのか。

だが、『どれほど』の一人である実は、そのような事を気にもしていないようで嬉しそうに笑っていた。

「うん。みのね、にあうねって、ゆたいう」

「そうなんですか」

これが遠藤の趣味か。

遠藤の趣味が水色ストライプのタンクトップとデニムのショートパンツであった事がショックなのか、好みの水着を恋人を着せて喜んでいる事がショックなのか、長谷川にはもはやわからない。

どちらにせよ、どこか見てはいけないものを見てしまった気になってしまう。

己の心を隠すよう、広げた水着を丁寧に畳み直し、長谷川はそれを元のように袋の中へ戻した。

「それで、実さん、それ何ですか?」

『それ』と、長谷川は実が手にしている物を示す。

夏の間中頻繁に見かけていたがここ暫く目にして居なかった物を、実が朝からずっと持っており気になっていたのだ。

「これね、ぞうさん。ぞうさんのじょおろ」

「いや、それは見たら解るんすけど」

ニコニコとさも嬉しそうに。

水浴びの遊び道具の一つとして使っていた象の形をした赤い如雨露を、実は長谷川に向け尽きだした。

如雨露は良い。

水鉄砲程遠くには飛ばないので、実からの悪意の無い攻撃を受ける事はないのだ。

だが、今長谷川が聞いているのはそのような事ではなく、何故今手にしているかである。

「あのね、もってく」

「プールに、ですか」

「うん」

「いや、それは・・・・やめたほうが良いと思いますよ」

「どうして?」

「どうして、っていうか・・・」

どうして、と改めて問われると返答に困る。

長谷川にしても、第一声で如雨露を否定したのは、『そう思ったから』というこれまでの経験とイメージでしかない。

明確な言葉を探し、長谷川は眉間に皺を寄せた。

「えっと、ですね・・・。明日行かれるのは、家のビニールプールとは全然違うんすよ」

「ちがうの、みのしってる」

「すっげぇデカくて、すっげぇ深いんすよ。それに、流れてるプールとか、でっけぇ滑り台とかもあるらしいっすよ」

実がそこへ行く事が決定してから、何気なくその施設のHPを携帯電話から見たのだ。

そこで知った光景を思い出し、さも実の興味が惹くように話して見せる。

如雨露を持って行く自体、別に構いはしない。

けれど、どう考えても不必要にしか思えないのだ。

大仰な身振り手振りで伝えようとする長谷川をじっと見ていった実は、暫し笑顔のまま固まっており、動いたかと思うと一つ大きく頷いた。

「わかった。みの、もってかない。みのね、すべりだいする」

「そうっすよ。そういうので遊ばなきゃ損ですって」

「うん!みの、すべりだい」

もう一度象の形をした如雨露を実は差しだし、長谷川はそれを受け取った。

時折、実の知る世界の狭さを垣間見る時がある。

それはとても寂しくて、悲しくて。

少しずつでももっと沢山の事を知って欲しいと思った。

「じゅんくんもいくの?」

「俺は留守番です」

けれど、それを教えるのは長谷川の役目ではない。

ふと見たソファーの下に置かれたショップバック。

その送り主を思い出し、長谷川は実の頭をガシガシと撫でたのだった。






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