ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(プールに行けへん?)



元は香坂が一人で住んでいたマンション。

今は暁も共に暮らしているこの家のメインルームで、暁はテレビを見ながら缶ビールを飲んでいた。

フローリングにカーペットをひいた場所にソファーとセンターテーブルが置かれているが、暁はソファーではなく直接カーペットに座っている。

たまたまやっていたので選んだだけのテレビ番組は、関西ローカルの深夜番組らしいチープさが感じられたがそれを踏まえても暁の好みだ。

そうして、そろそろ番組も終わりビールも飲み終わる、香坂はまだ帰って来てはいないが明日も仕事があるので寝ようか、などと考えていた頃、バタバタと玄関が騒がしくなり香坂が帰宅したのである。

帰って来るなり香坂は、各々の部屋にデスクトップパソコンがあるにも関わらずメインルームにも置かれているインターネット専用のようなノートパソコンをセンターテーブルにセットし始め、終わった途端、曉は香坂に膝枕の位置を陣取られてしまっていた。

「甲斐、重いんだけど」

「えぇやないか。それよりちょっとこれ見て」

良くないから言っているのだ、と思いながらも、結局のところ受け入れてしまっている暁は膝の上の香坂をぞんざいに扱いながら、彼がノートパソコンを片手で操作をし表示させたモニターに目を向けた。

そこにあったのは、テレビCMでお馴染み、暁も何度か訪れた事のある温泉複合施設のホームページだ。

「これがなんなんだよ」

「あんな、此処貰ろてん」

「は?貰ったって何を?」

「だから此処。この施設」

まるで菓子か何かを貰ったとでも言うかのような口調で言い、香坂は暁の腰を両腕で抱きしめた。

しかし実際は菓子の話しなどではない。

香坂の興味はホームページではなく暁に映ってしまったようだが、暁の意識はホームページにしかなかった。

「はぁ?え?何言ってんだよ。そんな・・・」

「借金のカタにな、経営権もろてん。明日にもニュース流れるんちゃう?リヴァール名義やからな、組の関係は伏せられるけど」

あまりに気軽に簡単に言ってのけるので、なかなか実感が沸いてこない。

香坂がいくつもの会社や店を持っている事は知っているし、『借金のカタに』と工場を持って行かれるシチュエーションはテレビなどで見たこともあるが、こんなにも大きくて関西では有名な施設が、にわかに信じられない。

「ここ俺も行ったことあるけど、カタって。赤字だったのかな・・・」

「ちゃうで。そんなん、赤字な施設なんや俺もいらんわ。経営頑張りたいんちゃうもん」

「どっちにしたって、管理とか一切はリヴァールのどっかの部署に丸投げのくせに。でも、どうして?」

「オーナーが別件でえらい借金作ってな。まぁ、ちょっとあれや。なんやかんやがあって花岡んとこまで話し回ってきたんや」

「ふーん」

つまり、この施設は有益でありながらも手放さなくてはならなくなり、香坂の手に落ちた、という訳か。

香坂の言う『なんやかんやがあって』は、触れてはいけない闇なのだろうと判断し、暁は聞いていない事にした。

出会った頃から香坂の仕事の内容についてはよく解らなかったが、今になってもやはり明確には解らない。

会社や仕事、組の話も聞かせてくれているようで、けれど大部分は暁は知らなくて良いと考えているような気がする。

「でな、今度貸し切りにして此処で皆で遊ぶねん」

「か、貸し切り!?」

ぼんやりとホームページを眺めていた暁は、その股間に顔を埋めながら告げた香坂に素っ頓狂な声を上げた。

貸し切りとは、この施設を香坂とその関係者だけで利用する、という事だろう。

それはなんとも贅沢に思える一方、こういった場所は人が溢れ賑わってこそ楽しいのではないかとも思えた。

「普通の営業日に行けばいいじゃないか」

「それがあかんねん。呼ぼう思てる弟分の奴がな、入られへんから」

「入れない?なんで?」

「ほら、ここ書いてるやろ?」

「え?」

ようやく膝から顔を上げてくれた香坂が、マウスを二・三度操作をし、施設使用の注意事項が書かれたページを表示する。

その香坂がポインターで示した一文を、この施設を香坂と、その関係者だけで利用するという事は何気なく声に出して呼んだ。

「『刺青・タトゥー禁止』って、え?」

「そういうこっちゃ。学・・・弟分やけどな、背中にそれは見事な上り龍入れとったわ」

「上り龍・・・」

「で、一緒に呼ぶつもりしてる、学の側近のんは確か虎かなんか言うとったな。こっちは見たことはないけど」

「龍に虎・・・」

一般的なイメージとして『ヤクザ=刺青』というものはあったが、香坂にはそれが無かったので、てっきり刺青など前時代的なものかと思っていたが、あながちそうでもないようだ。

暁の周りには小さなタトゥーであれ入れている人はいないので、なんとも現実離れのした物のように思える。

見てみたいような恐ろしいような。

それが伝わったのだろう、膝枕を止めてはくれない香坂が、仰向けで横たわりながら暁を見上げ気楽に言った。

「そない心配せんでも、学も遠藤も、暁には優しいしてくれる思うで。それにあいつらも恋人の前ではえぇかっこしたいやろからな。大人しいもんやろ」

「恋人?恋人連れで来るの?」

「そや。半分はそれも貸し切りにする理由かなぁ。足悪い子も居るし。あ、せやけど安心してな。全員男やから」

「は?何だよそれ・・・」

「せやから、学も遠藤も男同士のカップル。花岡と理緒ちゃんと俺らと。4カップル8人やな」

「・・・」

言葉が出ないとはこの事だろう。

有名な行楽施設を『貰った』と聞かされたよりも、弟分という人の背中に入れ墨が入っていることよりも、何よりも驚いているのではないか。

暁は思春期の頃からの真正のゲイであるが、今までの人生、特に香坂と出会うまでは、ゲイである事を隠して生きてきているというのに。

「な、楽しいそうやろ?」

「・・・。まぁ、うん。楽しそう、かな」

ハッテンバでの顔見知り以外に、外で会うようなゲイの知り合いは居ない。

過去に関係を持った男性も、一夜限りである場合が多かったし、たとえ恋人となったとしても外でデートなど記憶に殆どなく、当然ダブルデートやグループデートなどした事がある筈もない。

そんな中香坂が企画をした、温泉複合施設での4カップルグループデート。

それは、驚きさえ過ぎればなんとも楽しげに感じられた。

「いつ?」

「三日後や」

「早っ」

膝の上でじゃれついて来る香坂の髪を梳く。

香坂は、いつも暁の常識を悠々と越えて、否、壊してゆくような男だ。

呆れ、疲れる事もあるが、それ以上に新しい世界へ導いてくれる。

今までは決して得られないのだと諦めていた様々な物を、香坂は出会ってからの短い間にも沢山与えてくれた。

「水着、あったよなぁ」

独り言のように呟いた暁は、たった三日後に予定されてしまった生まれて初めてのグループデートに期待で胸が膨らんでゆくのを感じたのだった。



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