ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(夏祭りに行きたい・1)



それはある夏の夕方の出来事。

実と長谷川は、近くの駅前を歩いていた。

駅前までは車で来たのだが、車と運転手を駐車場へ残してきた。

そうして、長谷川は実の安全を考慮して繁華街で手を繋いでいる。

その事実は遠藤も承知の筈であるが、それでも嫌味や八つ当たりをくらいそうだ。

此処へ来た一番の目的は、実が『あいすくりーむやさんの、あいすがたべたい』と言ったのでそれを食べにである。

テレビのCMでやっていたチェーン店が此処にある事を実は覚えていたようだ。

実はそのCMでやっていたのと同じ三段重ねのアイスを、長谷川は一種だが一番大きなサイズをオーダーした。

本来なら、護衛の立場で主と同じように飲食はしないものなのだが、長谷川は誰も───実以外誰も見ていないのを良いことに同じようにテーブルにつくことがままある。

もしばれれば千原もかばってはくれないだろう。

店員の勧めと長谷川たっての希望で、実はコーンではなくカップに入れられた三段重ねアイスにし、それを嬉しそうに食べていた。

ただでさえ食べるのが遅い実はコーンアイスが苦手でいつもドロドロにしてしまうのだが、三段重ねとなると普通でも困難らしくカップを推奨しているようだ。

『おやつは一回2つまで』の約束からすると、三段重ねアイスは微妙な線であるのだが、長谷川はあまりに期待に満ちた実を止められずにいた。

長谷川は何も、実に多くを与えたくない訳ではない。

ただ、実は食のセーブが利かず、『腹が一杯』と『腹が苦しい・痛い』が同時にやってくる場面を何度も目撃しているので危惧しているだけだ。

そうして、うだる暑さの中駐車場から歩いてやって来たアイスクリームショップでの希望のアイスを食べ終わり、その後実と長谷川は特に当てもなく駅前を歩いているのである。

長谷川としては早く帰りたかった。

昼よりも夕方と呼びたい時間帯でありながらサンサンと降り注ぐ太陽が辛く、一刻も早く冷房のきいた部屋に戻りたい。

それに、このような町中で万が一実に何かあっては困る。

だというのに長谷川の心情など露知らずの実は、まだ遊びたいのだと、楽しげにしながら何度も来た事のある町並みを見回していた。

こんなにも暑いというのに何故実は元気なのか。

せめて目的を決めて欲しい、そう思い始めた時だ。

「じゅんくん、あれ、なに?」

不意に立ち止まった実が、商店が並ぶ一帯とは反対側を指さした。

その辺りは、普段ならば人気もまばらで車が通り抜けるばかりの場所だが、今はそこに何かがあると示すように人だかりとなっている。

「なんでしょうね・・・あ、祭りじゃないすっか」

「まつり?」

「夏祭りだと思いますよ。ほら、提灯と屋台が見えます」

そういえば、あそこには小さいが神社があった筈だ。

そして、その神社をはみ出す量の屋台が並ぶ祭りが在るのだと最近聞いた気がする。

それが今日であったのか。

「やたい?」

「焼きそばとか金魚救いとか綿飴とか売ってる・・・・ぁ」

何気なく屋台の説明を始めた長谷川は、けれどその途中でしまったと口を噤んだ。

祭りや屋台など、実は好きに決まっている。

今は具体的なイメージを掴めていなそうだが、絶対好きだ。

だがあそこは人混みで、まだ実家に居た頃無理矢理年の離れた弟や妹に連れて行かされたが、守る者がありながら行くには厳しい場所だ。

行きたくない。

けれど、時は既に遅かった。

「さ、実さんそろそろ帰りま・・・」

「じゅんくん、みのね」

「そろそろ、帰りましょうか」

「みのね、おまつりとやたい、みたいなぁ」

やはりそう来るか。

実が長谷川を爛々とした眼差しで見上げた。

せっかく、先ほどは祭りも屋台も解っていなかったようであるのに、何故その時に誤魔化してこの場から離れなかったのか、たった数分前の己が恨めしい。

しかし、そのような満面の笑みで見つめられ簡単に拒否が出来る屈強な心を持ち合わせているなら、長谷川はもっとヤクザとして出世していたかもしれない。

実に対し遠藤のような恋慕の情を持ち合わせている訳ではない。

それでも、長谷川は実になんとも弱く、だからこそ実の付き人の任が適任となっているのだろう。

「えっと・・・」

携帯電話で時刻を確認すると、今は夕方五時前。

祭りが一番賑わいを見せるのはもう少し後の時刻だろう。

ならばまだ人混みはマシかもしれない。

加えて、この辺りは霧島組のシマであり、あそこで行われる祭りは霧島組の次団体・銀滝会が統括している筈だ。

それもあり、長谷川が近々あそこで祭りが催されるのを知っていたのだ。

他の団体、特に霧島組と敵対する組のテリトリーであるよりは何倍もマシにも思える。

眉間に皺を寄せ悩む長谷川に、実はその袖を引っ張り催促をした。

「じゅんくん。いこう?」

「そう・・っすねぇ・・・」

「じゅんくん、いや?おまつりいくの、いや?」

「いえ、嫌って訳じゃ・・・」

あんなにも煌いていた実の眼差しが、ふと曇る。

それが、長谷川の胸を苦く締め付けて。

帰った方が実の、そして遠藤に対する己の為でもあると思いながらも、長谷川は頷いていた。

「わかりました、行きましょう」

「ほんと!?わぁい」

「でも、絶対俺から離れないでくださいよ。それから、嫌な事あったらすぐ言ってくださいね」

「うんうん。みのね、おやくそくね」

しおれかけていた花が開くように、実はパッと笑みを浮かべた。

仕方がない。

何より長谷川は実が笑っていないと落ち着かなくなっているようだ。

遠藤にどやされ殴られるよりも、もしかするとしおれたままの実を見ている方が辛いかもしれない。

「とりあえず頭に連絡入れてからですよ・・・実さん、ご自分で電話します?」

「うん。みのね、ゆたにでんわ」

実は嬉しそうに頷きながら首から下げている携帯電話をつたない手つきで操作した。

普段は遠藤が仕事だと滅多に掛けられない電話故に嬉しいのだろう。

長谷川としても、実がそれをしてくれるなら大変助かる。

「もしもし。ゆた。いま、だいじょうぶですかぁ?あのね、みのね、おまつりがあってね」

長谷川が実の願いを拒否できないように、遠藤もそうとできない確率は非常に高くて。

受話器越しに遠藤が何を言ったのかは知れない。

けれど。

「はぁい、みのね、いいこする」

変わらず笑みを浮かべるばかりの実から、遠藤の許可がおりた事を長谷川は知ったのだった。




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