ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(夏祭りに行きたい・3)



やきとりにじゃがバター、ミルクせんべいにたまごせんべい。

目に付くもの目に付くものに興味を持ち、実はそれらを食べながら機嫌よく歩いていた。

「つぎはなにかなぁ」

「実さん、そろそろ腹膨れません?」

「ないよ。みのねぇ、もっとたべたいなぁ」

『食べたい』と『食べられる』は別であると理解しているのかいないのか。

繋いだ手を振りながら辺りを見渡す実に苦笑が浮かぶ。

やはり実の食事の加減はきちんと見ててやらねば、長谷川がそう思い始めた頃である。

「ねぇ、じゅんくん。あのね、あれなぁに?」

「あれ?どれっすか?」

「あのね、あれ。あれ」

はしゃいだ様子で実が前方を指さす。

流れる人波を避けながら示した場所へ向かう実について行った長谷川は、連れてこられた屋台を目に冷や汗を感じた。

思えば今まで、なぜ食べ物の屋台ばかりしか気にしていなかったのか。

夜店の醍醐味の一つを考えもしていなかったなんて。

「じゅんくん、これ」

「あーー」

「あかいおさかなさん」

嬉しそうに実が指さすのは、低い水槽に鮮やかな赤が目を惹く、金魚すくいであった。

「えっと・・・」

「わぁ。おさかなさんね、あれですくうのね」

「はぁ・・・」

「じゅんくん」

「はい・・・」

「みの、これ、やりたいなぁ」

「・・・あーー」

やはりそう来たか。

否、実が興味を持った時点で他にかけられる言葉などないとも解っていたのだが。

だが、出来ればそう言われなければ良いと思っていたというのに。

「じゅんくん、だめ?」

「えっとー」

煮えきらない様子で長谷川は曖昧に笑った。

長谷川にしても良い返事をしてやりたい。

だがそうと出来ないのは、実の身体の不具合からだ。

膝の悪い実は、しゃがめない。

つまり、低い水槽の前にしゃがんでおこなう金魚すくいは出来ない、と思うのだ。

だが長谷川はそれを実に伝える言葉を見つけ出せずにいた。

こんなにも期待に満ちた実に、身体の不具合を理由に『出来ない』などと言えるものか。

そうしてしまえば、実は傷ついてしまうだろう。

ならばせめて他にそれらしい言い訳がないものかと考え巡らせたが、生憎すぐには思いつけなかった。

「じゅんくん?」

「えっと、ですね。えっと、あ、あっちのあれ食べません?わたあめですよ」

「みの、さき、きんぎょさん」

やはり逃げられないのか。

どうしたものかと視線を惑わす。

一か八かやらせてみるか。

万が一出来るかも知れないし、出来ないと身を持って解るかもしれない。

何にせよ答えなければ、そう思い始めていた時である。

「あ?おい、純一じゃねぇか」

「・・・え?」

人混みの雑踏の中、けれど確実に呼ばれた名。

その声の主を捜す間もなく、長谷川は背後から肩を叩かれた。

「・・・野木[のぎ]さん。ご無沙汰っす」

まさかこんな人混みの中で会うなんて。

反射的に振り返った長谷川は、そこに居た男を目に留めるなり姿勢を正した。

長谷川が野木と呼んだこの男は霧島組の次団体・銀滝会の組員で、所属する組は違えど系列は同じとあり、歓楽街などで会った時に親しくなった間柄だ。

年齢は確か長谷川よりも5歳上、身長も体格も長谷川より良く、頼れる兄貴的な存在である。

実を連れている事もあり普段にない緊張をする長谷川に、野木は気楽に言った。

「ンな畏まんな。なんだ可愛い子連れてるじゃねぇか」

野木は愛想良く、けれど無遠慮に実の顔をのぞき込んだ。

いかめしい風体の野木であるが、実の周囲にはもっと厳つい男らが多く居るため、野木程度では実は眉一つ動かしはしない。

「純一の舎弟か?にしちゃぁ可愛いらし過ぎるな。だったら実弟か?」

「いえ、野木さんこの方は遠藤若頭の良い人です」

「え?マジかよ・・・そういや、お前、遠藤若頭の男の情人の護衛してるだとか言ってたが・・・こんなガキ、いや、ちいせぇのが・・・」

「つっても実さん18歳なんで俺とも然程変わりませんよ」

霧島組の組長と若頭が揃って男の愛人を抱えている事はもはや有名だ。

もっとも、十代にとっての3歳の年齢差は大きな物にも思えるが、長谷川はあえて触れはしなかった。

無防備にニコニコと笑っている実に、野木は驚いた表情を浮かべ慇懃に腰を折った。

「お初お目に掛かります。銀滝会の野木言います」

遠藤の情人と知り礼儀を払ったのだろう。

しかし、長谷川は空いている手で後ろ頭を掻いた。

「野木さん実さんにそんな事言っても・・・」

「・・・。のぎ?のぎぃ、じゅんくんのおともだち?」

「友達っていうか・・・まぁ、そうっすね」

「・・・は?」

「こんにちは。あ、ちがった。こんばんは、みのねぇ、みのるいうの」

実の幼さばかりが印象に残るそれに、野木は実が遠藤の情人だと聞かされた以上に面食らっていた。

当然といえば当然だ。

実の護衛を務めて数ヶ月、この手の反応に慣れきっている長谷川は野木が何を言うよりも先にその耳元へ囁いた。

「実さん、ちょっと生まれつき年齢より幼いんすよ。それだけなんで」

『それだけ』とは『どれだけ』、なのかと問われれば答え難いが、要は無害だという事だ。

それを察してくれたのだろう、野木はぎこちなく笑ってみせた。

「実さんって言うんすか。いやぁ、遠藤若頭の情人っていうからどんな方かと思ってたんですが」

「みのねぇ、ゆたのねぇ、こいびとぉ」

「らしいっすね」

野木が乾いた笑いを浮かべる。

良きにせよ悪きにせよ、直に慣れるだろう。

このようなパターンも稀ではなく、長谷川は実と繋いだ手を握り直した。

ともあれ、実が金魚すくいから興味をそらしてくれたのは助かる事だ。

「野木さんは何してるんすか?」

「ここ銀滝会が仕切ってんだよ」

「あ、はい。前聞きました」

長谷川に以前、ここで祭りがあると教えたのはこの野木だ。

彼の言っていた日付さえもきちんと覚えていれば、今ここに居らなかっただろうが、今更後悔するでもない。

「で、俺はその見回り」

「へぇ」

「全部じゃねぇけどな、一部は舎弟とか知り合いとかにやらせてんだ。荒れ狂ってるガキは警察さんより俺らが纏めとくのが一番だからな。」

野木が意味ありげに唇を吊り上げる。

かつては長谷川もまた、『荒れ狂ったガキ』の一人であり、屋台の手伝いもしたものだ。

「お前は何してんだ?遠藤若頭の使いかなんかか?」

「いえ、そんなんじゃないっす。ただの客ですよ。実さんが来たがったので」

「あぁ、成る程ねぇ。実さん、楽しいですか?」

「うん、みのねぇ、たのしいよ」

「そうですか。そりゃよかった。なんかありましたら俺に言ってくださいね」

「なんか?」

「嫌な事とか、まぁそんなです」

腰を折り目線を合わせる野木は、どことなく口調も実に合わせられている気がした。

ただ幼い子だからとそうしているのか、遠藤の情人だからそうしているのか、どちらにせよ、実は嬉しかったようだ。

長谷川と手を繋いだまま何度も頷いてみせた。

「はぁい」

「お前もだぞ、純一。何かあったら言えよ」

「はい、その時は頼らせて・・・あ」

「あ?なんだ?」

『なにか』ならあった。

もし力になってくれるというなら、これ程嬉しい事もないだろう。

名案を思いついたとばかりに長谷川は早口となった。

「野木さん、どっか金魚すくいの店で親しぃしてるとこないっすか?」

「金魚すくい?」

「はい。実さんがしたいらしぃんすけど、実さん足悪くてですね・・・」

もし野木の知り合いの店があればそこで椅子か何かを借りられないだろうか、と思ったのだ。

実際救い易いか否かが問題なのではなく、雰囲気を味わえるかどうかが重要なのである。

大まかな説明で長谷川の意図せんところが伝わったのだろう。

多分理解はしていないと思われる実がじっと見上げる中、野木は手を顎に考える仕草を見せたのだった。





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