ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(夏祭りに行きたい・5)



水槽の中を5cm程度のミドリカメが悠々と泳いでいる。

優香からポイと椀を受け取り、実は満面の笑みを浮かべた。

「じゅんくん、これですくうのね」

「そうですよ。・・・えっと、これを水面に対して斜めにですね」

「ななめ?」

「・・・えっと」

言ったところで、実に伝わるかは疑問だ。

たとえ伝わったとしても、長時間ポイを水中につけていれば紙が破れてしまう。

ビールケースに腰掛ける実の横で中腰になり、長谷川は曖昧に笑った。

「いえ、頑張ってくさい」

「うん」

破れれば何度でも実が満足するまでやらせれば良い。

横でごちゃごちゃと言うよりも実の好きにさせようと、長谷川は完全にしゃがみこむと実の手先を見つめた。

「すくえるかなぁ。かめさん」

実がポイを水面につっこむ。

この手のものをするのは生まれて初めてなのだろう。

同じ水槽の前や横でかめを掬おうとしている子供らよりもつたない、いっそ荒い印象すらある手つきだ。

「かめさん。こないね」

「そう・・・っすね」

実がポイで水中をかき混ぜるのだから、当然といえば当然だ。

これでは掬えるもの掬えなくなるし、波紋は水槽全体に広がるものだから、他の客も迷惑そうである。

「実さん、混ぜたらだめですよ。それにポイも破れますよ?」

「まぜちゃだめ?」

「かめ、びっくりするじゃないですか」

「・・・。そっか」

実の手が止まり、波打っていた水面が落ち着きを取り戻す。

実の場所から離れた水槽の隅に避難していたカメ達が徐々に水槽全体へと散らばっていった。

「あ。かめさんもどってきた」

「水、荒立てるとカメもびっくりしますからね。そっと、そっと」

「はぁい」

さんざん濡れたがまだ破れてはいないポイを、実は再び水辺へ下ろす。

今度こそ静かにそうすれば、カメも逃げはするものの近くには居てくれた。

「かめさん、かめさん・・・ぁ」

他の客の仕草を真似してか、実もポイをカメの下へと差し込む。

だが、それがカメを掬い上げるよりも早く、水圧でポイは破れてしまった。

「じゅんくん、やぶれちゃった」

「そうですね、新しいの貰いましょうか」

言いながらも、長谷川は目に入った新しいポイを勝手に取り実へ渡す。

ふと見ると隣で他の客への接待に勤しんでいる優香と目があったが、彼女はそれには何も言わず気楽に笑って見せた。

「掬えなかったんだ?」

「うん。みの、はじめて」

「そう。なら、こうして、壁の方に追い込んで・・・ほらこう」

初めてだという実へ教えるよう、優香は手近にあったポイと椀を手にすると、いともたやすくカメを掬ってみせる。

一匹では止まらず二匹三匹と続くそれに、実だけではなく長谷川も、次第に面前にいた客や通りすがりの人らをも目を惹きつけた。

「すごいね、じゅんくん、すごいね」

「そっすね」

店番をしていれば上手くなる訳でもないのだろうが、デモンストレーションとしては最高だ。

結局ポイが破れないまま椀をカメで一杯にした優香は、さもなんでもないとばかりにそのカメを水槽に放った。

「コツは、紙に水圧かけない事かな。頑張ってね」

「はぁい」

「きみもする?」

「いえ、俺はいいっす」

新しいポイをちらつかせる優香に、長谷川は片手を振る。

カメすくいに興味がないとうよりも、実を見てないとという意識が働いてだ。

ビールケースはしゃがむよりも高い位置で、少々やりにくそうにしながらも前のめりになり真剣に水面を見つめる実を眺める。

先ほどよりは丁寧に、けれどやはり雑さも拭えない手つきで、実は水中にポイを下ろした。

「かーべ、かーべ」

ポイで水をかき分けながら、カメを壁側へと追いこんでゆく。

多くのカメは逃げてゆくが、それでも数匹は実のもくろみ通り壁際へと追いやられていた。

そして、水槽のコーナー部まで追いやると実は───椀の中へポイでカメを押し入れた。

「わ。かめさんはいった」

「・・・や、実さんそれ・・・」

それは『すくった』ではなく『いれた』だけではないか。

ここは元から口を利いてもらっている店なので問題はないのかもしれないが、本来ならば完全にルール違反のアウトの域だ。

「へ?じゅんくん、なに?」

「えっと・・・」

「あ、すくえた?よかったね」

「うん。みのね、とった」

「じゃぁもっと取れるように頑張ってね」

客から受け取った代金をかごに放り込んだ優香が、実の椀を目に優しげに言った。

実が『入れた』場面は見ていなかったのだろう。

不自然なまでに、椀には水が満タンに入っている。

だが実は、嬉しげにしながらも否定的に首を横に振った。

「みの、もういい」

「え、そうなの?破れるまで取っていいよ?」

「みの、このことね、かえる。ねぇ、じゅんくん」

「え、そうなんすか?実さんが良いなら俺は良いんすけど・・・」

「いの。みの、このこだけでいい」

「そう。じゃぁ袋に入れてあげるね。ちょっと待ってね」

「はぁい」

実が両手で椀を持ち、それを優香に渡した。

もしかすると、実はただカメが───何か動物が、欲しかっただけなのかもしれない。

それが金魚でもカメでも良くて、まして『すくう』か『入れる』かもどうでも良かったのかもしれない。

何かが違う、と思いながらも長谷川がそれを言葉に出来ずに居るうちに、優香は透明な厚手のポーチ型のビニールの袋に水とカメを入れそれを実に渡した。

「はい、どうぞ。お家についたら水槽に入れてあげてね」

「はぁい。じゅんくん、みて、かめさん」

「良かったっすね」

とは言ったものの、長谷川は今になり冷や汗を感じた。

実は『すくい』がしたいだけだと思い込んでいたのである。

その場限りで遊べれば満足するものだとも思い込んでおり、取った後の事についてまで具体的に考えてはいなかった。

加えて、夜店の金魚は直ぐに死ぬイメージがあるが、カメが如何なるかは想像にもつかない。

「おなまえねーみどりちゃん。このこねぇ、みどりちゃん」

「みどりちゃん、ですか?」

「うん。みどりいろだから、みどりちゃん」

ビニール袋に入れられたミドリカメ。

それを目線に上げ嬉しそうに見つめる実はなんとも満足げだ。

「ま、いっか」

祭りに来たというだけでも、遠藤に何を言われるか解ったものではないのだ。

ならばその要因がもう一つ増えたとしても、遠藤の恐ろしさが解るとは思えない。

「実さん、あっちにわたがし売ってますよ、食べませんか?」

「たべるー」

そして、遠藤の怒号から逃れようと思うのならば、一番の得策は出来うる限り実の機嫌をとっておく事だ。

実の機嫌が良ければ実が長谷川を庇ってくれる───のでは決してなく、実の機嫌が良ければ遠藤も機嫌が少しは良くなるのだと、長谷川は十分に経験をしていたのだった。



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