ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(夏祭りに行きたい・6)



カメつりの屋台から一番近い綿菓子の屋台に行ったが、中身は同じだというのに外袋のデザインが数種類されており実はそれを選ぶのに時間が掛かっていた。

散々迷ったあげく、ようやく夕方に放送している幼児向け番組のキャラクターの描かれたものに決めたが、結局のところ直ぐに袋から出して食べてしまう為あまり意味がないように思える。

そうして実が上機嫌に綿菓子を食べていると、長谷川の携帯電話が着信に震えた。

「・・・と、頭からだ」

「じゅんくん、ゆた?」

「あ、はい。・・・、もしもし長谷川です」

実から視線を離さないまま、長谷川は携帯電話の通話に出る。

遠藤から直接掛かってくる電話はいつでも緊張───いうよりもびくついてしまい、長谷川は姿の見えない相手に対し姿勢を正しさえしてしまった。

「・・・、はい、はい。わかりました。ここはえっと・・・」

遠藤の要件は何であろうか。

実を祭りに連れてきた事に対する怒号か、それともべつの叱咤か。

咄嗟に思いついたのは似たり寄ったりのその程度でしかなかったが、しかしスピーカーの向こうの遠藤は、幸い怒気に満ちてはいなかった。

とはいえ、実と相対している時のような穏やかさや優しげな雰囲気も微塵もなく、鋭い声音は長谷川の背に冷や汗を流す。

「はい、駅前から入った方で、はい直ぐ近くです。はい、・・・はい、わかりました。・・・はい、失礼します」

だがその心配は杞憂と終わり、ひくっり返らんばかりの口調でなんとか通話を終え長谷川は通信を切った。

たった一分にも満たない電話だが凄く疲れた気がする。

思わず長い息を吐き出した長谷川に、大人しく綿菓子を食べている実が長谷川の服の裾を引っ張った。

「じゅんくん、ゆたなぁに?」

「頭がお迎えに来たと」

「おむかえ?みの?」

「はい。もう間もなくそこの屋台が並んでるところの入り口辺りに到着されるとの事なんで、行きましょうか」

遠藤は実を迎えにすぐ近くまで来ているという。

電話を掛けてきたのはその為で、実の現在位置の確認、そして車まで来るようにという用件だけを簡潔に伝えられたのであった。

まさか遠藤が実を此処まで迎えに来るなんて。

残りの少なくなっていた綿菓子を実に食べきらせ、長谷川はカメを持っていない方の実の手を繋いだ。

「ゆたのおむかえ、うれしいね」

「そうっすね。良かったですね」

「うん」

なんとも幸せそうに実は頷く。

今日は早くに帰宅するという予定を聞いていないので、本来であれば戻りは深夜近くの筈だ。

それをこうして夕方そこそこに帰ってきたのは、実の為にわざわざであると考えて間違いはないだろう。

遠藤が実を溺愛しているのは周知の事実であるが、それにしても驚きを隠せない。

そうして遠藤の迎えを待つため指定の場所を目指していると、、実が人ごみも構わず前方を指差した。

「ねぇ、じゅんくん。あれ、なに?」

「あれ?どれっすか?」

「あれ、あれ」

とはいえ、『あれ』だけでは『どれ』であるのかはわからない。

どのみち進行方向なので構わないだろうと、長谷川は実に手を引かれながらそちらへ向かった。

遠藤との約束があっても実が興味を惹かれたのならば余程なのだろう。

人ごみを縫い連れて来られた左右反対側の列の屋台は、出口である一番端から二軒目。

「・・・ベビーカステラ、ですか」

「べびいかすてら?あかちゃん」

「いえ、単に小さいって事だと思いますよ」

そこは、甘い香りが漂うベビーカステラの屋台であった。

日本語が然程器用だと言えない実だが外国語は得意であるので、いわゆる『日本語英語』や『造語日本語』のような言葉が分からない時がある。

解らないというよりも、日本語と英語の二つの意味がちぐはぐで混乱するらしく、余計に日本語は難しく感じるのだという。

「ねぇじゅんくん。いいにおいね」

「買いますか?」

「いいの?ゆたくるよ」

「いいっすよ。これ紙の袋に入れてくれるんで持って帰りましょう」

「ほんと?わーい」

「どれにしますか?この一番小さ・・・」

どうせ実しか食べないのだ、3サイズあるなかでも一番小さいもので構わないだろう。

半ば決めつけるように思っていた長谷川に、けれど実は笑みを浮かべたまま首を横に振った。

「これ。このね、いちばんおっきいの」

「え、こんな大きいのですか。・・・まぁ、実さんなら食べられるでしょうけど」

実が指差した一番大きなサイズは、価格にして一番小さいサイズの4倍。

内容量もそれと同じく、もしくはそれ以上だろう。

どうみても一人前ではない。

口にした通り実ならば食べきれるとは思うが、けれどこれ程の量を食べさせたくはない、というのが長谷川の本音だ。

『出来る』と、『おこなって良い』は別である。

けれど内心困惑する長谷川に、実はまたもや首を横に振った。

「ひとりでたべない。あのね、これね、ゆたのおみあげ」

「・・・頭に、ですか?」

ベビーカステラと遠藤。

なんとも不釣り合いな組み合わせだ。

普段から遠藤は塩けを好み甘味類を口にしているのを見た事がない。

そしてそれ以上に、『ベビーカステラ』という可愛らしい名称で、屋台のチープな菓子というのが不釣り合いさに拍車をかける。

「あのね、ゆたね、おまつりこれなくてね、かわいそう。だからね、おみあげ。またこんどいっしょにこようね、いう」

「はぁ・・・まぁ、良いと思いますよ。・・・、すみませーん、この大サイズ一つ」

とはいえ不釣り合いだという以上に実が遠藤への土産を購入するのに反対する理由もなく、長谷川は屋台の店番の中年男性に注文をした。

だが今の話しを聞く限り遠藤にこれが必要とは思えない。

土産など無くとも実自身が後半に口にしたように、ただ『次は一緒に行こう』という主旨の事を言えばそれだけで十分である筈だ。

「はい、お待ちどう」

「実さん、これ俺が持ちますね」

「みのもちたい」

「じゃぁカメ、俺が持ちましょうか?一つじゃないと駄目ですよ」

「ん・・・じゃぁ、みの、みどりちゃん」

「はい、わかりました・・・あ、来た。来ましたよ、実さん」

「へ?あ、ゆたのくるま」

結局長谷川が大ぶりの紙袋を持ち歩き出そうとした時、まるでタイミングを見計らたかのように歩道の脇、出店の出口の真ん前に黒塗りのドイツ車が停車した。

フロントガラスと運転席と助手席横の窓以外は全てフルスモークフィルムに覆われた、暗闇の中でも存在感を感じさせるハイグレードの車種。

そのような車がどこにでも走っている訳がない。

ナンバープレートを確認せずとも解るそこへ、実は長谷川の手から離れ急ぎ足で向かった。

「実さん、走ったら危ないですよ」

実に追いつきながら長谷川が叫ぶ。

もっとも、『走って』いる訳ではないのだが、前のめりの身体が余計に危なっかしい。

だが幸い、実が車の前に到着するより早く後部座席の扉が内側から開けられたかと思うと、そこから黒いスーツに身を包んだ遠藤が降り立った。

ただそこに現れただけだというのに。

車同様異様な存在感を放つ遠藤に、祭りに来ていた客らがにわかにざわついた。

遠藤の正体こそ知らずとも、只者ではないと感じたのだろう。

「ゆた。ゆた。おかえり」

「ただいま、実。祭りは楽しかったか?」

「うん」

車の前で人目も憚らず、実は遠藤に抱きつく。

その姿を眺めながら、長谷川は歩行者の邪魔にならない場所に少し離れて立つと遠藤と助手席に居る千原に頭を下げた。

遠藤が只者でないというなら、実はある意味それ以上かも知れない。

「あのね、みて。これね、みどりちゃん」

「あ?・・・亀、か?」

「うん。みどりちゃんね、かうの」

なんとも嬉しげに。

遠藤が反対をするなど考えもしていないとばかりに、実は嬉々としてミドリカメの入ったビニール袋を遠藤へと見せた。

その瞬間。

実を見つめていた時とはまるで違う、まるで鬼のような遠藤の視線が一瞬、長谷川を貫いた。

時間にしてほんの数秒。

だがその眼には、様々な恐ろしげなものが込められていると少なくとも長谷川は感じた。

「っ・・・」

「あのね、すいそう。いるね。ゆた、みのねみどりちゃんのすいそう、ほしい」

「うちで飼うのか?」

「うん。だってみのがおせわするもん」

「そうか・・・」

実の頭を撫でながら、遠藤は口を閉ざす。

怒っているのか、飼育を反対する言葉を探しているのか、次の言葉を待つ長谷川は、気が気ではない。

遠藤が怒気を放つなら、実の前である為今は何もなくとも、早くて今晩、遅くても明日の朝には遠藤に呼び出される可能性がある。

もしもそうなった場合、己が無事でいられるなどとは到底思えない。

「・・・実、それを飼うって事は、前から欲しいつってる犬は飼えなくなるぞ」

「そうなの?」

「あぁ。犬は亀を食うからな」

「みどりちゃん、たべたらだめ」

「そうだな。それに、一度飼うって決めた動物は死ぬまで大切にしてやるもんだ」

「うん。みのね、みどりちゃんだいじるすの。だからね、ワンコさんいらない。みどりちゃんいるもんねー」

「・・・・」

「そうか。実は良い子だな」

ヘヘッと、照れくさそうに実が笑う。

犬が亀を食べるなどと聞いた事がない。

どこかではそういった事例があるのやもしれないが、一般的だとは言い難いのではないか。

それをいけしゃあしゃあと言ってのけた遠藤は、犬よりは亀の方がマシだとでも考えたのかも知れない。

「あ、じゅんくん。かすてら。かすてら」

「すみません。どうぞ」

「ゆた、これね。おみあげ。ゆたのおみあげ。いっしょたべよ」

思い出したようにハッと長谷川を振り返った実は、ようやく遠藤から離れると腕を伸ばし先ほど購入したばかりのベビーカステラを長谷川から受け取った。

それを遠藤へ渡す顔は、今しがた褒められた時以上に照れくさそうだ。

いつにない実の表情に長谷川も可愛いと感じたので、遠藤がそう思わない筈がない。

「俺に、土産か?」

「あのね、じゅんくんにね、かってもらったの」

「そうか・・・ベビーカステラ、な」

「ゆた、すき?」

「実がくれたもんならな。帰って食うか」

「うん、たべる」

遠藤の声音が、優しい音に感じられる。

暗がりの中で表情の細部までは見極められないが、まんざらでもなかったのだろうか。

そうであるなら良い、というのは長谷川の願望だ。

声を弾ませる実は片手にカメ、もう片手にカステラの袋を持ち、不器用にしながら後部座席へ乗り込む。

続いて実の後を追った遠藤は車に乗りきる前に一瞬長谷川を見やったが、その眼差しは鋭さこそあるものの背が凍る畏怖は感じられなかった。

もしかすると、遠藤の怒気から逃れられたのかも知れない。

そう考えれば、内心どっと気が抜ける思いがした。

ベビーカステラの一番大きな袋を反対せず購入して良かったと、己の判断を褒め称えたい気分だ。

遠藤の姿が完全に車の中に入り見えなくなり、長谷川は弾かれたように扉に近づきそれを閉め、そうして長谷川が見送りの為頭を下げた直後、車は滑るように発進した。

「・・・ま、いっか・・・な。後でどやされるかもしんねーけど」

すぐに小さくなる車の後ろ姿を見送り、頭を上げた長谷川は独り言を呟く。

あの分では、ミドリカメは実の希望通り遠藤宅で飼われるのだろう。

その世話は実がするらしい。

つまりは、長谷川が大部分のフォローをするという事だ。

それはなんとも面倒臭そうにも感じたが、しかし実が嬉しげに世話をする姿が目に浮かべば仕方ないなと諦められる。

「俺も、帰るか」

遠藤が帰って来たので長谷川の仕事も終わりだ。

いつもならばそれは深夜近くになる事を思えば、不意に空いた夜の時間は有難い。

だが、どことなく遊びに行く気分にはなれそうにはなかった。

「カメの飼い方でもググるか・・・」

実に質問をされた時に困らないように。

カメがすぐに死んで実が悲しまないように。

そういえば駅前のすぐ近くにペットショップがあった事も思い出し、長谷川は夏祭り賑わいから別れを告げると目的へと歩き出したのだった。



【完結】


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