ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(シュエの喜び)



仕事が仕事といえど、一日働けば疲れるものだ。

深夜近くになりようやく帰宅した赤星は、雪の待つ自宅の玄関扉を押し開けた。

「シュエ、ただいま」

覇気なく言い、赤星は革靴を脱ぐ。

着ている地味な色合いのスーツは今回の調査用に用意した物で、今はネクタイは緩められワイシャツのボタンも上から随分外されているが、きちんと着込み眼鏡でも掛ければ一端のサラリーマンだ。

幸いこの調査には色恋を仕掛ける必要はなく、だからこそ赤星は雪の元へ何の罪悪感なく戻って来る事が出来る。

「おかえりなさい」

赤星が土間から玄関へと上がると、雪がリビングの奥から小走りに駆け寄った。

雪が赤星と暮らすようになり暫くが経ち、雪は随分と顔色も肉付きも随分良くなっている。

そのうえ赤星の好みで買い揃えた質の良い衣類を着れば、以前の薄汚れた雪の面影は見当たらない。

変化したのは外観だけではなく内面もで、ニコニコと赤星を出迎える雪はもう怯えるものなど何もないようだ。

赤星が調査に出るようになって以来一日中一人で居る雪は、不満こそ口にはしないが寂しくはあるのだろう。

赤星の帰宅が嬉しくてたまらないという様子でそわそわとする雪はまるで主人の帰りを待ちわびていた子犬そのものだ。

しかし赤星は、雪を見つめると不満げに唇を下げた。

「シュエ、鬱陶しい」

「え?あ・・・ごめんなさい」

「朝はちゃんとしてたのに。落ちてきたら自分でも上げろって言ってるだろ」

ため息混じりに言うと、赤星は雪の首に掛かっている物、布製の輪を額の上まで引き上げた。

「ほら、絶対こっちの方が良い」

「そう、ですか?浩介さんが、そう言う、なら・・・」

不安げにしながらも笑ってみせる雪の頭を、先ほどとは打って変わって満足そうにする赤星がクシャリと撫でる。

鬱陶しいのは、ダラダラと長く伸ばされた前髪だ。

赤星のする事成す事に不満を言う雪ではなかったが、ただ髪だけは未だに長いまま切らせてはくれなかった。

その理由は聞かずとも解るが、雪の顔や身体の痣を見慣れてしまった赤星からすれば、それらを隠す為の髪はただ邪魔なだけだ。

その為、せめて赤星と二人きりである自宅の中でくらいは顔を出しておけと布製のヘアバンドを渡しているのだが、朝赤星が雪の頭にそれをセッティングしても帰宅をする頃にはだいたいが外れている。

それはたぶん雪が意図的に外したのではなく動いている内にずれ落ちて来たのだろうが、ずれたならば直せば良いものをそうとしない所には作為的な物を感じてしまう。

「今日は何してたんだ?出かけた?」

「いえ・・・えっと、テレビ見たり、ご飯食べたり・・・」

「そう」

ジャケットをダイニングに放り、ネクタイをその上に置く。

煙草と携帯電話をスラックスのポケットから取り出すと、雪と暮らすようになり新調したソファーへ腰を下ろした。

プライベートタイムに仕事の電話など御免だと、携帯電話の電源をオフにする。

雪はやはり今日も家から出ていないのか。

組織に居る頃は一人ででも公園へ出かけていた雪だが、此処に来てからはまだ一度も一人の外出はしていない。

立地や環境がまるで違うので怖いのだろう。

赤星にしてみても、雪が外出をしないのは彼の世界を狭めてしまいそうで不安もあるが、だがその何倍もの安堵感を感じているというのが事実だ。

庇護欲や独占欲が絡み合い複雑な心境である。

赤星がソファーに座っても傍らで突っ立ったままの雪は、伺うようにこちらを見ていた。

一々不安げにして見せる雪だ。

先の言葉の何かにもひっかかってしまったのかもしれない。

雑談での会話など軽く受け流せば良い物を、けれどそうは出来ない雪を愛しくも思っている。

動けない様子の雪に苦笑を浮かべつつ、赤星は背もたれに背を預けると己の膝を叩いた。

「おいで、シュエ」

「あ、はい」

「こっち向いて」

「えっと・・・」

雪が赤星の膝を跨ぐ。

向かい合うようにそこへ座らせてやれば、赤星は雪の腰を抱き支えた。

肉付きが良くなったとは言え、それは以前に比べればの話でまだまだ折れそうに細い雪の腰。

もう片方の手で背を押してやれば、雪は赤星へ密着するように倒れた。

「浩介、さん」

「なに?嫌だったら止めるよ?」

「いや、じゃないです。えっと、好き、です」

「なら良いんだけど」

背を撫で、頭を撫で。

両腕で抱きしめれば、雪の存在を実感出来た。

今まではSEX以外の肌の触れ合いなど不必要だと思っていたが、けれど雪を抱きしめるようになりこれはこれで良いものだと気がついた。

ただ抱き合っているだけでも心地よい。

そう感じているのは雪も同じく、もしくは赤星以上のようだ。

雪が自ら赤星にスキンシップを要求する事はないながらも、こちらから手を差し伸べてやれば驚くほど積極的になる。

赤星が雪の背を抱けば、雪は赤星の首に両腕を回す。

胸や腹や、触れられるだけを密着させあい、頭を預けてくれる。

それがあまりに無防備で。

すり寄って来る雪を大切にしてやりたいと思う一方、無かった筈の下心を刺激されてもしまい、赤星の手が悪戯に雪の背から下へと降りていった。

「浩介さん・・・」

「なに?嫌?」

「いや・・・じゃないです、でも、その」

「嫌じゃないなら、話は後で聞くよ」

顔を上げた雪と極近い距離で見つめ合う。

前髪を纏め全面が露わになった顔は、半分が痣と血管の浮き上がりがある。

だが赤星が注意を惹かれるのはそこではなく、瞳を潤ませている愛しい恋人の眼差しだ。

既に欲情を感じているだと思わずにはいられない眼差しに、赤星もまた止められない欲を感じた。

雪が欲しくて仕方がない。

もう少しただのスキンシップを楽しみ寝室へ行こうかと考えていたが、もう限界のようだ。

「可愛い、シュエ」

雪の頭を支え、唇を奪う。

口内を荒らし舌を絡め合わせれば、雪も積極的に赤星を求めてくる。

「ん・・・浩介さん、好き・・・好きです・・・」

「・・・駄目だろ、シュエ」

そんな事を言われれば、元々少ない自制が利かなくなってしまうではないか。

この分では今晩も雪を限界まで、否、限界を超えてまで求めてしまいそうだ。

せめて精いっぱい愛情を注ぎ込むから、それで許してもらう事にしよう。

赤星は待てないとばかりに雪をソファーへ押し倒すと、雪の痣と浮き出た血管のある左の瞼へと口づけを施したのだった。




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