花、香る・お礼用SS
(一の初デート)



一と手を繋ぎ、片桐はデパートの片隅でソフトクリームを手にしていた。


事の発端は今日の昼過ぎだ。

株取引の前場も終え昼食も食べ終わった頃、一が片桐の腕を強く引いたのである。

「いち、お出かけ」

「あ?出かけたいのか?どこに?」

「どこでも良い。おでかけ」

「どこでもって、なぁ・・・」

何か目的があるならともかく、何と無いというのに何処へ行くというのか。

ただブラブラと出歩くという感覚が片桐にはない。

その上、一が何を望んでいるのかも解らない。

遊びに行きたいのか、買い物に行きたいのか、旨い物が食べたいのか。

それら全てを含めて『どこでも良い』なのか、検討がつず片桐は眉間に皺を寄せる。

だが一がこれ以上明確な言葉で言えられはしないだろうと経験で察せられ、片桐は仕方がないと当たりを付ける事にしたのだ。

そうして、地堂組本部から一番近いデパートに来て、目的もなく歩いているうちに一が指さしたソフトクリームを食べる事となったのである。

都心の真ん中のデパート程の賑わいを見せないのんびりとした雰囲気の店内も、何よりも優しい色をしたソフトクリームも、片桐に不釣り合いな事この上ない。

「おい、いち。食うんなら手ぇ離せ」

「・・・なんで?」

「なんで、って手繋いでたら持てねぇだろ」

恐々と顔を強ばらせる若い女性店員が差し出したソフトクリームはとりあえず片桐が受け取ったが、食べるのは一だ。

だというのに、片桐の傍らでじっとそれを見ている一はいっこうに繋いでいる手を離そうとはしなかった。

それどころか『なんで?』ときたものだ。

ため息を飲み込み、片桐は握りあっている一の手から指を離した。

「ほら、早くしねぇと溶けるぞ。手、離せ」

「・・・嫌。まさや、持ってる。いち、食べる」

「は?ンだよ、それ・・・」

片桐が指を離しても一は片桐の手から指を離そうとはせず、身長差のある片桐を見上げては大きく口を開けた。

これは、食べさせろ、という事なのだろうか。

「あのなぁ・・・」

「・・・、・・・」

全体的に感情を感じさせない面もち。

その中で、瞳だけが何かを訴えていると伝える。

「餓鬼か、お前は・・・。口開けててもこれは食えねぇよ。ほら」

今度は飲み込まなかったため息を盛大に吐き出し、片桐は一の口元へソフトクリームを向けた。

すると一は、今まで大口を開けて待ちかまえていたのが何だったのかと思える程、ちびちびとソフトクリームに舐め始めた。

「旨いか?」

「うん」

片腕というのは何かと不便そうだと思う。

けれど生まれつきそうである一は、片桐が考えていた以上に不便そうな素振りは見せない。

日常生活の大抵は一人で出来るようだ。

だがそれとは別に、一は片腕である事を良いことに、本来ならば一人で出来る事も放棄してしまう時が多々見受けられた。

今にしてもそうだ。

自らの手は片桐と繋いだまま、ソフトクリームは片桐に持たせて食べるなど、余程小さな子供でなければ見かけない光景だ。

一はスキンシップを好む。

家では頻繁に片桐の膝に乗って来るし、そうでなければ後ろから抱きついてくる。

触れ合う事が一なりの愛情表現であるのだろうとは理解しているが、だからと言ってこのような時くらい手を離せば良いものを。

そう考えながらも、顔を動かしソフトクリームを食べる一の仕草は小動物的な可愛さがある。

なんだかんだと言いながらも可愛いものは可愛いのだと片桐がその様子を眺めていると、不意に一が顔を上げた。

「いち、美味しい」

「そうか良かったな」

「まさや、食べない?」

「俺はいい。いちが全部食え」

「・・・。うん」

暫し片桐を見上げていた一は、けれどそれ以上は何も言わず再びソフトクリームへと顔を下げた。

何を思って一がそのような事を言ったのかは解らない。

出来るならばさっさと食べさせてしまいたかった。

こんな事になるとは思わなかったのでソフトクリーム売場の前に用意されている一本足のテーブルに寄りかかり一に食べさせているが、黒いスーツに黒いシャツのいかつい大柄の男の持ったソフトクリームに華奢な印象ばかりの青年が食らいついている、というのはどう見ても奇妙で、店の前や横を通る人は一人残らず視線を寄越している。

羞恥を感じはしないが、針のむしろのような感覚だ。

コーンの上に乗っているクリームがなくなり、一がコーンに音を立てて齧りつく。

薄い茶色のコーンのカスと白いクリームが一の唇の周りを汚した。

『早く移動したい』と思う片桐の心情など微塵も考えようともしていないのだろう一は、二口三口食べたあたりで動きを止め、またも片桐を見上げた。

「なんだ、いち?」

「いち、まさやとアイス」

「それがどうした」

「一緒のお出かけ、嬉しい」

「あ?俺と?」

「うん。まさやといっしょ」

一の手が、強く片桐を握り湿る。

それだけを言うと、一は齧りかけのコーンへ顔を下げる。

カリカリとコーンの割れる小さな音が、片桐にはとても大きく聞こえた。

己はなんとも思い違いをしていたのではないだろうか。

一はただ遊びに行きたかった訳ではなく、片桐と出かけたかった───デートをしたかったのではないかと思えた。

腕を引きながら言った一の言葉が、ようやく正しく受け取れた気がする。

『まさやとデートがしたい』『一緒なら、出かけるのはどこだって構わない』。

一はきっと、初めからそう言っていたのだろう。

けれど一は胸の中にある感情の一部を伝えるのが精いっぱいで、単に外出の付添だと片桐が考えていただけの事を、一だけが『デート』だと思っていたのだと思えば申し訳なくなり、同時に普段以上に甘えてくる訳にも思い当った。

手を握りしめながらソフトクリームに顔を埋める一が、言葉に出来ないまでに愛おしい。

「いち、お前・・・」

「・・・ん?」

「いや、可愛いな」

もうすぐソフトクリームのコーンは食べきられる。

そうすればまず、手を繋いだまま自分では何もしようとしないだろう一の汚れた口元を拭いてやる。

そして次はどこへ行こう。

このまま此処で服を見繕ってやるのもいいし、他の一の喜びそうな場所で行くのも良い。

一と片桐の初デートは、ここから本番を迎えるのだった。




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