花、香る・お礼用SS
(一の居ない日・片桐の場合)



自宅と職場が同じ、それ以上にオフィスと寝室すら同じとなってしまった生活は、慣れれば便の良さに助かるばかりだ。

仕事にしても、一の世話に明確な休みは無いが片桐が不満を覚える事はなかった。

少々苛立ったり突拍子の無さに驚いたりとする時はあっても、それは秒針が一周もしない間の一瞬で収まる。

一と───恋人と過ごす事に不満があるものか。

だが、それを当事者である片桐と一が良しと思っていても、誰もが同じように考えている訳ではない。

片桐が現れるまで一が一番心を許していたらしい人物。

片桐が現れるまで誰よりも一を可愛がっていた人物。

組長・新垣だけは、一がべったりの片桐に面白くないものを感じているようだ。

もっとも、それは憎悪の部類ではなく嫉妬、それも暴力団の組長としてではなく一人の父親としての感情だろう。

一が片桐と一緒に居る事を強く望むので望みのままにさせてやりたいという気持ちと、けれど片桐が別件で用があるならこれ幸いと片桐を排除したい気持ちがあるのだと、片桐は気づかずにいられなかったが、一には全く伝わっていないようだ。

株取引も休みの土曜日、新垣は一を連れ二人きりで出かけると言っていた。

初め一は散々にごね片桐の同伴を求めていたようだが、新垣が何を言ったのかそれに一は納得したらしい。

動物園だか水族館だか、ペンギンの居るどこかに行くと昨晩言っていた。

そうして片桐は、朝から休暇にしろという新垣の言葉に甘え久しぶりに遅寝を決め込んでいたのである。

「・・・・そろそろ、起きるか・・・」

一の部屋の片桐の為に用意されたダブルサイズの布団で、片桐は上半身を起こすと大きく伸びをした。

昨晩も一と夜更かしだ。

やる事は一つで、『一にねだられたから』と言い訳をしながら何度もその身体を求めてしまった。

今日は夜まで一は帰って来ないらしい。

寂しいと言えば寂しいが、普段一日中一緒に居る為こういった時間がとても新鮮だ。

寝間着代わりのTシャツとスエット姿で、片桐は布団から抜け出す。

一応休暇という事にはなっているがそれでもいくつかの事務仕事は気になり、朝食を摂る前にパソコンを起動させておこうと、片桐は同じ室内の端に置かれている自身専用のパソコンへ向かおうとした。

だが、その時。

「・・・何が、あったんだ?」

一体何がどうなりそうとなったのか、一瞬では理解が出来ない。

デスクトップパソコンの、キーボードの上。

そこに何故か───みたらし団子が置かれていたのである。

それも、むき出しのみたらし団子だ。

フィルムに包まれているわけでも、皿に乗っているわけでもない。

ただただ、みたらし団子だけが、それも二本、キーボードの上に鎮座していた。

「・・・・いち、だな」

他にこのような事をする人物など、人生全てを振り返ったところで思いつきはしない。

パソコンを起動させる気にもならず、片桐は畳の上に置かれた座布団に腰を下ろし、キーボードとその上のみたらし団子を見つめた。

一がした事であるなら、事の経緯を想像したところで限界があり、理解出来ないと考えた方が良い。

現状で解る事は二つ。

一つは、一が悪意からではなくなんらかの善意でみたらし団子を置いて行ったのだろう事。

そしてもう一つは、このキーボードが使い物にならないだろう事だ。

「・・・・。おい、加山ぁー。なんでも良いから今すぐキーボード買って来い」

座ったまま襖を開け、廊下の向こうへ叫ぶ。

キーにべっとりとついたみたらしはその隙間にまで滴り落ち、キーボードとして機能するのか確認をする気すら奪ってゆく。

「・・・こんなもん、何年ぶりだ?」

塀の中で出されたおやつは食べたが、それ以前を考えると遠い記憶だ。

幸いな事と言えば、舎弟らが毎日丁寧に掃除をしてくれているおかげでキーボードも綺麗な事だろう。

むき出しのみたらし団子の串を手に取る。

じっとみたらし団子を見つめた後、片桐はそれに齧り付いたのだった。




***


夕方、日が陰りだした頃玄関が騒がしくなった。

新垣も不在の今日、来客予定はない。

別の幹部連中の出入りか何かか、とぼんやりとパソコン眺めながら片桐は他人事だと煙草を吹かした。

真新しいキーボードが、何事も無かったようにモニターの下に鎮座する。

久しぶりの一人きりの一日は、特にする事もなくだらだらと過ごしただけだ。

出かけたい場所もやりたい事もない。

あったとしても、どうせなら一と一緒に、と考えてしまう。

たまには一が居ない日も良いかと思ったが案外そうでもないもので、そうして気が付いた時には夕方の今だ。

明日は日曜なので取引関係の仕事は休み。

無駄に過ごした今日を取り戻す為にも、明日は一と二人で出かけるのも良いかも知れない。

などと考えていた時、バタバタと廊下が騒がしくなり次の瞬間には片桐の居る一の私室の襖が突如開けられた。

「まさや」

「いち。早かったじゃねぇか。夜になるんじゃなかったのか?」

「いち、かえってきた」

「そうか」

いくつかの袋を片手に持ち、普段よりも上等な外出着を着た一はボソリと片桐の名を呼び大股で近づいた。

昨日聞かされていた話では、今日の帰りは夕食を済ませた後になると言っていたが、この時間では夕食を済ませたには幾分早い。

一が此処に居る事から帰って来た事はもちろん解るがそれ以上は不明のまま、パソコンの前に座る片桐の膝へ当然の如く跨ろうとする一を抱き留めた。

「オヤジはどうした。一緒なんだろ?」

「おとうさん、お部屋」

「飯は食ってきたのか?」

「買って、もらった」

「買って?あぁ、なんか匂いすると思ったら・・・」

腕を片桐の首に回しながら、一は何かをガサガサと音をさせた。

それは片桐の後方にある為見る事は出来なかったが、弁当か何かなのだろう。

加工済の食品だと強く主張する香りが漂っている。

つまり一は新垣と外食をする事無く、弁当を購入し帰って来たという事か。

食事など新垣が一言いえば直ぐにでも屋敷で準備が出来るだろうに、わざわざ弁当を買った意図は何処にあるのだろうか。

新垣に聞かなければわかりそうにはない。

「・・・まぁ、いいか。で?楽しかったのか?」

「まさや、いなかったから」

「だからなんだ」

「いち、やっぱりまさや居ないとやだ」

一の一つしかない腕が、片桐の首に強く巻きつく。

身体全体でしがみ付こうとする一が、一緒で無ければ嫌だという一が、愛しくて。

ついこのまま押し倒してしまいそうだなどと考えていると、ふとそれまで絡みついていた一の腕の力が緩められた。

「まさやは?」

「は?何だ?」

「まさやは・・・たのしい?」

「いや。俺もいちがいねぇと楽しくなかったぞ」

片桐とて同じ気持ちだ。

一人きりだと一日中退屈で退屈で、仕事を邪魔されようが意思の疎通が上手くいかなかろうが、一と過ごす日々が如何に充実をしていたかという事が改めて思い知らされた。

一と一緒が良い。

その想いを伝えく一の頬に触れた。

だが、感情の現れにくい一の面持の、それでもまだ解りやすい眼差しがどこか暗く陰っている。

「どうしたいち?俺もだつってんだ、そこは喜ぶとこだろ」

「・・・。いち、おやつした」

「は?おやつ、食ったのか?」

「違う。いち、まさやにおやつ」

「・・・、あぁ、みたらし団子か?」

「そう。まさや、おるすばんだから」

あの、キーボードに直接置かれたみたらし団子。

あれは、今日留守番をする事となった片桐への置き土産のつもりだったのか。

置き土産におやつを置いて行かれ一日良い子に、などと犬か何かのようだ。

けれど一にとっては、真剣に考え想ってくれた結果だったのだろう。

「いや、あれは旨かったぞ。ありがとうな、いち」

「うれしい?」

「あぁ。まぁ、今度からはいちと一緒に食いたいけどな」

そして出来るならば、キーボードではなく皿か何かに乗っていて欲しいものだ。

今でも鮮明に思い出さされるキーボードの上のみたらし団子を脳裏に浮かべ、片桐は苦笑を浮かべた。

何であるのか解らなかったあの事態の正体。

それがこんなにも愛らしい一の想いだったなど。

背中に弁当入りの袋が置かれていなければ、一を胸にこのまま後ろへ倒れ、そして一を食していただろう。

そうしなかったのは、精いっぱいの自制心だ。

一の前に、まずきちんと食べなければならない物がある。

「弁当、食うか。何買ってもらったんだ?」

「おいしいの」

「・・・。そうか」

後方を手で探り弁当入りの袋を引き寄せる。

有名デパートの店名が刻まれたその袋を片手に、片桐は一を膝から降ろすと手を指しのべた。

「いち、行くぞ」

「うん」

袋の中には弁当が三つ。

片桐と一と、新垣の分もだろう。

組長とその息子と囲む夕食がデパートの弁当などと、三年前では考えられなかった事だ。

それも、繋いだ手を離してくれず箸も持たずに口を開けるばかりの一に餌付けをしなければならないかも知れないというのに。

組長の前でそれだけは勘弁して欲しいと、表情らしい表情はないまま身体を弾ませる一を片桐は目を細めて見つめたのだった。









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