ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実の風邪)



それはある朝の事だった。

朝食の後食後のコーヒーを飲みながら遠藤が朝刊を読んでいると、起きて来た実は赤い顔で頼りなげな眼差しであった。

「ゆたぁ、しんどい」

「どうした、熱か?」

とろとろと普段以上に危なっかしい足取りで遠藤の元まで来た実を自身の膝に座らせる。

触れただけで実の身体は熱く、発熱をしているのは明らかだ。

何故己がベッドから抜け出す前に気が付いてやれなかったのかと思い返せば、実が遠藤に背を向け丸まっていた為そのままにしたのだと思い当った。

その時に顔を見るくらいしていればもっと早くに対処出来ただろうに、などと今更言っても遅い。

「おい千原、体温計、それから風邪薬だ、それから・・・」

「頭、薬はお止めになった方が良いかと」

「あ?ンだと?薬ねぇと楽になんねぇだろ」

「ですが、インフルエンザなど市販の風邪薬を飲んではいけない病気もございますし、発熱だけで風邪と判断なさるのは実さんの為にならないかと」

「・・・そ、うか」

遠藤自身、あまり病気になった記憶が無い。

日々の運動とサプリメントと栄養ドリンクで無理矢理にも体調を保持しているような面もあり、その為『風邪薬を持ってこい』と言ったところで、この家にそんな物があるのかも知らない。

腕の中でぐったりと全身を預けてくる実の抱きながら、こんなにも辛そうであるというのに今直ぐは何もしてやれない己の無力さに苛立ちを感じる。

「・・・実、朝一番で病院に・・・」

「ゆたぁ、ちゅうしゃ」

「なんだ?」

顔を上げもしないまま、実は抑揚なく呟く。

その意味が、一瞬解らなかった。

「みの、ちゅうしゃ、ほしい。して?」

「は?なんで注射なんだ」

「だって、ちゅうしゃ、すぐげんき。しんどくなったら、すぐしてくれたよ」

ちゅうしゃ、とは注射だろう。

それは理解出来たが、しかし実からその言葉が、それも欲しいなどというのは些か不釣り合いに思えた。

子供とは注射を嫌がる生き物ではないのか。

実は18歳で一般的には大人であるが、遠藤からすれば一回り若い実は『子供』であり、言行動を考えても『子供』だ。

「実は、注射なんかが良いのか?」

「・・・うん。すぐね、げんき」

「頭、実さんは病院でお育ちですから・・・」

「・・・あぁ、なるほどな」

言われて初めて合点がゆく。

実は病人でもないくせに病院育ちだ。

病院であれば、栄養管理が行き届き病気にもなり難かったやもしれないし、罹ったとしても直ぐに対処をしてもらえただろう。

それこそ薬も点滴も、大抵の時間に医者が居るのだから処方も迅速だ。

幼い幼いと感じる実だが、案外苦い薬も痛い注射や点滴も慣れているのかもしれない。

「でもなぁ・・・」

ここは病院ではなく、当然注射などあるはずもない。

実を抱きながら眉間に皺を寄せる遠藤に千原はなにやらシート状の物を差し出した。

一見湿布に見えたそれは、湿布にしては厚みが有り過ぎ、よくよく見ると冷却シートだと知れる。

こんな物が常備されていたなど。

この分では風邪薬を始め、各種薬も取りそろえられていそうだ。

受け取ったそれを実の額に貼ってやると、その冷たさから実は小さく息を呑んだ。

「悪いな、実。うちにンなもんはねぇんだよ。それに、注射にしたって医者に訊かねぇと出来ねぇんだよ」

「・・・ゆざわ、せんせ」

「先生だって注射は持ってねぇよ。谷さんに連絡して朝の時間を調整するから、俺が病院連れってやるからな」

「びょーいん?にゅういん?・・・みの、かえる?」

「ちげぇよ。診察だけだ。安心しろ」

実にとって、外来診察は元気な日に日々の経過を見てもらう為に行く場所のようだ。

病院という限られた空間で育った実との感覚の差の大きさを時折見せつけられ、苦笑と共に胸が締め付けられる思いもする。

「すぐ、楽にしてやるからな」

「・・・うん」

冷却シートがきいたのか、実の呼吸が静かになる。

笑っていない実は苦手だ。

柄にもなく不安と動揺に襲われる。

熱い身体はなんとも辛そうで、変わってやれるなら喜んで変わってやるのに、当然の如くそのような事は出来はしない。

ふと時計を見上げ時刻を確認すると、今直ぐ長谷川にでも病院に診察券を出させに行けば混雑はいくらかは裂けられそうな頃合いであった。

「千原」

「はい、そのように」

無言のまま、けれど遠藤の意図を察したのか千原は一礼を残し部屋を後にする。

二人きり残された部屋で、せめてもだと遠藤はしっかりと実を抱きしめたのだった。



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