ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実の芸術)



宵の口に遠藤が帰宅した時、実はちょうど風呂に入っていた。

長谷川の声が脱衣所から聞こえ、バスルームからはシャワーの音とくぐもった実の声が聞こえる。

玄関から扉越しに聞こえた会話により実は直に風呂から上がると知れ、遠藤は風呂場に向かう事無くメインルームへ入った。

長谷川は実の世話を焼き過ぎている気がする。

何事にも危なっかしい実なのでそれはありがたいと思う半面、己の実とあまり強く結びつき過ぎるのも面白くはい。

ただ今回に関しては、実が脱衣場に上がる前に長谷川はそこから出ていくらしい話も聞こえたので、実の裸体が見られる事がないならば良しとする事にした。

まったく、つまらない事だと思う。

そんな小さな事で一喜一憂をするなど我ながら情けない、などと思いながらも、それでもわき起こる苛立ちを隠すように煙草を取り出した遠藤は、一息つこうとしたダイニングテーブルの上に置かれている物を目に眉間に皺を寄せた。

「・・・なんだ、これ」

ご丁寧に遠藤の指定席とされている席の前に置かれたそれは、ボコボコとした立体的でてっぺんに二つの突起が付いた物体であった。

色は白だが、それ以外の事は解らない。

どちらかと言えば機嫌が良いとは言い難い遠藤は、椅子を引いたちょうどその時、長谷川が部屋へと入ってきた。

軽い様子でいた長谷川は、遠藤の帰宅を知らなかったのだろう。

一瞬の間を置き背筋を伸ばした。

「頭、お疲れさまっす」

「おい、長谷川。てめぇ、ンなとこにゴミ置いてんじゃねぇ。カス」

「あの、、それは・・・」

低く唸った遠藤はその白い物体を手で払いのけ、テーブル中央に置かれている灰皿に手を伸ばした。

長谷川はゴミを片付ける事も出来ないのか。

役に立たない男だ。

遠藤が咥えた煙草に千原が火をつけていると、金具が触れ合う小さな音を立てメインルームの扉が開いたかと思うと、そこに実がぼんやりと立っていた。

「実、上がったか」

「・・・」

かろうじてパジャマは着ているが、実は髪からポタポタと滴を垂らしている。

手にはバスタオルが握られており、突っ立ったまま遠藤を眺めていた。

「どうした、実?」

いつもなら、姿を見るなり駆け寄ってくれる実が。

今はただこちらを眺めるばかりでしかないので、煙草を手にしたまま立ち上がった遠藤は動かない実へと足を向けた。

「実?」

「・・・ゆた、あれ、ゴミ?」

「あ?さっきのか?あぁ、すぐ片づけさせるからな」

何でもないとばかりに言った遠藤は、いつものように実を抱き寄せようと腕を伸ばす。

だがその時。

実の眼差しが、今までに見た事がないまでに鋭く吊り上げられた。

「・・・・。ゆた、きらい。ゆた、ばか」

「は?実?」

「みの、ゆた、だいっきらい」

叫ぶだけ叫んだ実は、バスタオルを投げつけるとメインルームを飛び出した。

それがあまりに突拍子がなくて、遠藤は実の消えて行った場所を呆然と眺めるしかない。

実に、嫌いだと言われた。

実が怒っているというのも解った。

だが、何に怒ったのかは解らず、ただただ精神的ダメージだけは大きく与えられた。

「なんだ?」

頭の中で『だいっきらい』が木霊となり繰り返される。

追いかけるべきか迷いながらも、行ったところで謝ればいいのか話し合えばいいのか怒鳴り返せば良いのかも解らないと、遠藤は手にしたままの煙草の灰を落とす為ダイニングへと戻った。

実が怒るのは珍しい。

だからこそ、対応の判断がつかない。

そうして動揺したままの遠藤が席へ座るより早く、それまで様子を見守っていた長谷川が遠藤へと歩み寄ってきた。

「あの、・・・頭、いくらなんでも今のはあんまりじゃないっすか?」

「あ?ンだと?俺が何したってんだ?」

訳の解らない状態で、更に長谷川程度に理不尽に言い寄られれば、元から持ち合わせていた苛立ちは増すばかりだ。

咄嗟に長谷川の襟を掴み上げた遠藤に、長谷川は慌てて言葉を続けた。

「す、すんません。でも、でも、実さんだって一生懸命作られたんですよ?それをゴミとかって、あんまりじゃないっすか!」

「・・・・は?・・・、ゴミって、これの事か?」

「そうっす。実さんが、一生懸命作った───兎ですよ」

長谷川が必死の形相で言う言葉を耳に、襟を絞め上げていた手を離す。

煙草も灰皿に置き、代わりに『ゴミ』だとばかり思っていたあの白い物体に手を伸ばした。

触ってみるとこれが紙粘土で出来ていると知れる。

長谷川は兎だと言っていたが、言われてよくよく見ると、てっぺんに付いた突起が耳に見えなくもない。

「実が、作ったのか?」

「はい。頭にだってずっと言いながら作ってたんです。確かにちょっと不格好かもしれませんけど、でも実さんは───」

「先に言え、バカ」

遠藤は兎だと言われた物を手にし走り出した。

これが実が作ったと知っていれば、誰があのような暴言を吐くものか。

今更ながら実の怒気の理由が理解出来た。

実の部屋を覗いたが暗がりで、急いでその隣の寝室へ向かう。

「・・・実」

勢いよく寝室の扉を開けるとそこは煌々と明かりが灯され、ベッドの上が不自然に膨れ上がっていた。

そこに実が居るのは明らかで、遠藤は歩み寄るとベッドの端へ腰掛け、頭から布団を被っている実を優しく叩く。

「実、悪かったな」

けれど、余程怒っているのだろう。

ポンポンと何度も繰り返しても無反応だ。

けれど今なら、実が何故怒ったのかも解っているし、本当に悪いと思っている。

その遠藤の気持ちが通じたのか、暫くして布団の中で実が身動きをした。

「・・・、ゆた、ごみ、いった」

「あれはな、違うんだ」

「ちがう?」

「実の兎がな・・・あれだ、芸術的過ぎてな。俺には一瞬解らなかったんだ。悪いな」

「げえじゅつ?」

「そうだ。すごいな、実は。それに俺が、実の作ったもんをゴミなんて言う訳ねぇだろ?」

しゃあしゃあと言ってのける遠藤に、実が布団の中から顔を見せる。

まだ唇は不機嫌に歪められているし眉間にも皺は寄っているが、眼差しは然程鋭くはない。

遠藤はすぐさま実の頭を柔らかく撫でた。

実の作った物であれば、そうと知っていれば、誰がゴミなどと言うものか。

むしろ、そのような事を言った者が居れば殴り飛ばすだろう。

遠藤にとっては、実自身も、実の作った物も、全てが何物にも代え難い宝なのだ。

いくらあれが兎に見えなくとも、ゴミだと思ってしまったとしても、あのような事を口に出して言ってしまった己にこそ心底腹立たしい。

「実の作ったもんは、宝モンだ」

「ほんと?」

「あぁ。俺の為に作ってくれたんだろ?ありがとうな、実」

ベッドの上で丸まっていたところから体を起こした実を腕の中に抱き込んだ。

風呂上りできちんと乾かしていないままの実は、まだ髪も肌も濡れており冷たく、このような状態にさせてしまった事から胸が締め付けられる思いもした。

「悪かった、実。愛してる」

「・・・。みのもね、みのもね、ほんとはね、ゆた、だぁいすき。あのね、えっとね、ごめんなさい。きらい、いって、ごめんなさい」

「いや、俺が悪かったからな」

可愛い事を言うものだ。

そんな風に言われるから、余計に愛しさと申し訳なさが溢れて来た。

実の濡れた髪を梳く。

このままでは風邪をひいてしまいそうで、もしそうなってしまえばそれこそ己を許せそうにない。

「一緒に風呂でも入り直すか」

「おふろ?みのも?」

「あぁ。温まるし、一緒は久しぶりだから構わねぇだろ?」

「うん。みのも、ゆたいっしょ」

紙粘土の兎をベッドに残し、遠藤はしがみつく実を抱いたまま立ち上がる。

これだけ濡れているのだ、新しい下着もパジャマも用意させた方が良さそうだ。

すっかり機嫌の直った実とそして遠藤はバスルームへと向かう。

仲直りの本番はこれからだ。

その後、実の作った芸術的な兎の置物は作品タイトルの札と共に玄関に飾られる事となったのだった。





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