ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(蒼のクリスマス)



街は色めくクリスマス。

クリスチャンなどどれ程いるのか、日本中がこのイベントに浮足立っている。

しかしそんな中、香坂組若頭補佐・花岡静也はそのような行事にまるで興味はなかった。

自分に関係のない人物の誕生日を祝うなど理解が出来ないし、無数に光る電球をわざわざ見たいとも思わない。

音楽や装飾で無理に雰囲気を盛り上げた、単なるクリスマス商戦に利用されているだけだ。

───そう、考えていた。

「わぁ、静也さん、凄いね。綺麗」

「そうですね。理緒さんが喜んでくれて、嬉しいです」

大阪にある大型テーマパーク。

クリスマス当日を外した十二月半ば、花岡は理緒と共に此処へ訪れていた。

見渡せばパーク中がクリスマス一色。

パークの入口モニュメントから、そこらにある屋根や植木にもクリスマスの装飾が施され、子供に囲まれているキャラクターの着ぐるみもワゴンを押すキャストも赤と白の帽子を被っている。

イルミネーションも豊富で、深い紫へと移り変わった空の下でその存在を主張し始めていた。

「連れて来てくれてありがとう、静也さん。ずっと来てみたかったんだ」

「理緒さんの望む事なら、出来る限り叶えてあげたいですからね」

ほっそりと微笑み、花岡は理緒の肩を抱いた。

理緒の望む事、それが今花岡が此処に居る理由の全てだ。

花岡自身はクリスマスになどまるで興味はない。

だが、それが理緒も同じくである訳ではない事くらい考えなくても解る。

数ヶ月前からテレビで頻繁に流れていたテーマパークのクリスマスイベントのCM。

そこに映されていた大きなクリスマスツリーを理緒が憧れの眼差しで眺めているのに気が付いてしまえば、花岡はそれを無視できなくなったのだ。

加えて、夏ごろに関東の霧島組の一行と香坂と村崎が此処へ訪れた際、急に若頭とその補佐の一人が休暇を取ったが為に出来た穴を花岡が一人で埋めていた為に、花岡の意思とは無関係に不参加となっていた。

それもまた、理緒が羨ましがっていたのも花岡は知っている。

どうせ、クリスマスにはどこかでデートをする予定だった。

何もクリスマス商戦に乗ってやる為ではない。

恋人達のイベントを、理緒が望むだろうと思ったからだ。

どこでデートをするのかは花岡には問題ではない。

ならばと、選んだのが此処・テーマパークであった。

理緒が大阪に来て数年。

理緒の身体の弱さと、花岡の興味の無さの為に此処へ訪れるのは二人とも初めてだ。

「理緒さん、あれ、買いましょうか」

「あれ?」

「似合うと思いますよ」

理緒の肩を抱いたまま、花岡はゲートを潜り間もなくのショップへ足を向けた。

そこには、テーマパークのキャラクターの帽子やカチューシャが売られており、店先にあるレジですぐに購入が出来るようになっている。

この手の趣旨のテーマパークには来た事が無くとも、こういった被り物の類が売られている事くらいは知っていたが、こんな馬鹿げた形のその場でしか使えない物を大の大人が購入し被るというのがなんとも疑問だった。

しかしそれも、実物を目にし、隣の理緒を見ればそれまでの疑問の多くは解決した気がする。

帽子掛けには白い犬やピンクの豹、赤や緑の未知の生物やサメに食われるデザインの物など様々な帽子やカチューシャがディスプレイされている。

その中で、花岡は白い猫のキャラクターをモチーフにした首で紐を結ぶタイプの帽子を手に取った。

もこもことしたそれは、中に綿でも入っているのかとても暖かそうで、被れば後頭部は完全に隠れる事から帽子というよりも被り物に近い。

「これにしましょう。きっと似合いますよ」

「え、えぇ・・・僕には可愛過ぎないかな・・・」

「そんな事ないですよ。ほら」

有無を聞かず理緒の頭にそれを乗せる。

柔らかな明るい色の巻き毛の髪に、白いファー素材の帽子は抱きしめたくなる程愛らしかった。

恋人の欲目もあり、理緒は絶対に似合うと思っていたが、これは予想以上だ。

ならばもっと飾り付けてみたいと、花岡はふと視界の端に映った物に歩み寄るとそれも手にした。

「それと・・・これと、これもどうですか。今日は寒くなる言ってましたしね」

揃いのデザインのマフラーと手袋だ。

どちらもフワフワのファー素材で、マフラーは左右の先端をボタンで留める襟巻きタイプ、手袋は左右が紐で繋がっておりミトン型のそれはグローブの様に大きい。

「えぇ・・・こんないっぱい、恥ずかしくないかな」

「えらい、似合てますよ」

帽子とマフラーと手袋をつけた理緒は、白にファーに包まれている。

おどおどしながら見上げてくる視線も、マフラーに埋もれている輪郭も。

実用性のなさそうな手袋をはめた両手を胸の前で組む仕草も、どこをとっても可愛いの一言だ。

「何も恥ずかしい事ありませんよ。ほら、皆してるやないですか。こういった場所ではこういう物を身につけるんもマナーですよ」

「そんなものなの?・・・そっか。うん。静也さんがそう言うなら、僕これで良い」

皆、と通り歩く人々を示す花岡に納得したように、理緒は目を細めて笑った。

もっとも、その「皆」が女性や子供ばかりで、男で被り物を着用している者が居たとしても愛らしいキャラクターではない。

そのうえ、白い子猫のキャラクターで完全装備をしている者など男女共にそうそう居る訳ではなかったが、理緒はそこまでは気がついていないようだ。

「静也さん、ありがとう。あったかいね」

着用したままレジを通して貰ったそれらに包まれ、理緒が花岡を見上げる。

白いファーに顔を埋めながら笑む理緒に、花岡もつい口元が綻んだ。

常から女性に間違えられる事も多い理緒であるが、こうしている様はどこから見ても女性、それも少女だ。

男の身体でありながら女性のような容姿だから理緒を愛している、という訳では決してないのだが、それでもむさ苦しい男では感じられないだろう愛しさが此処にはある気がする。

「私は可愛い理緒さんが見れて嬉しいです」

「そ、そんな・・・・」

照れて見せる理緒も可愛い。

花岡にとっては理緒の何もかもが可愛くて仕方が無く、テーマパーク特有の楽しげな雰囲気やクリスマスのムードなどどうでも良い事だ。

それでも今日のメインイベントはクリスマスツリーを見る事だと、花岡は事前に調べておいた方へと足を進めた。

「凄いね。遊園地って初めて」

「そうですか。後で他も見ましょうか」

「うん」

養護施設で育った事、何より身体の弱かった理緒にはこういった広大で刺激の強い遊園施設とは縁がなかったのだろう。

こんなにも喜ぶと知っていれば、もっと早くに連れてきてやれば良かった。

見る物すべてが非日常で物珍しいようで、辺りを見渡しながら歩く理緒は危なかしげだ。

だがその分、腕を組んだ花岡を頼り切っていると伝わり満更でもない。

仕事の都合と花岡の立場、それと理緒の体力を考え平日の夜だけの来園を選んだのだが、それでもパークには大勢の客で溢れていた。

正直花岡の予想以上だ。

家族連れも学生のグループもカップルも、それぞれが楽しげでどこかしこから明るい声が溢れている。

そのような場に居るだけで気分は高揚してゆくものなのだろう。

互いに腕を組みながら、理緒はいつになく花岡に寄り添った。

「楽しいね、静也さん」

「良かったですね。ほら、あれですよ」

「・・・・わぁ・・・」

ショップの並ぶアーケードを右に抜け、更に左に進むとパークの真ん中にある大きな池の縁へと出る。

そのセンターに設置された、見上げる程大きなクリスマスツリー。

人混みを避けた離れた場所だがしっかりと見える場所を選び、花岡はまだ暗いそれを見上げ立ち止まった。

近くに行けば人が多すぎて理緒には辛いだろうし、花岡にしても身の危険を感じる。

中央ではショーもしているようだが興味のない花岡には価値が解らず、ツリーが見えるなら此処で十分だ。

「もう直ぐライトアップの時間ですね。理緒さん、寒くないですか?」

「僕は大丈夫。さっきいっぱい買って貰ったから凄く暖かいよ」

「それは良かったです。理緒さんが風邪を引いたら心配ですからね」

「静也さんは?」

「え?」

「静也さんは寒くない?僕も、静也さんが風邪ひいたら心配だから」

不意に、理緒が背伸びをし−−−手袋に包まれた両手で花岡の頬を挟み込んだ。

それがあまりに突然で、花岡はらしくもなく反応が遅れてしまった。

反射神経には自身があるが、それは理緒以外の相手にしか通用しないようだ。

「・・・理緒さん」

「静也さん、暖かい?」

「えぇ、とても」

目の前の理緒が、満足げに微笑む。

頬よりも、理緒の気持ちがどうしようもないまでに暖かい。

このような行為など、反則だ。

そんな顔をされて理緒を求める感情を我慢しろなんて。

「理緒さ・・・」

「・・・あ、点いた!点いたよ、静也さん」

周囲が、パッと明るくなる。

それまでも街を模した建物のネオンは光っていたが、それとは圧倒的に違う強い光が辺り一帯を照らし出した。

このテーマパーク一番の売りである大きなクリスマスツリーが点灯したのだ。

本来木の葉である部分が全て電球で作られているそれは、鮮やかな青色から徐々にその色を変えている。

理緒は手も身体も花岡から離すと、池へと向き直った。

「わぁ・・・綺麗。凄い・・・」

「そうですね」

大きなツリーの繊細な光に吸い込まれそうだ。

その輝きは、花岡の目から見ても美しく感じられた。

いつもならばこんな物に興味も、美しいなどとも感じないだろうに。

己の心情に驚いてしまう。

「綺麗・・・嬉しいな。見てみたいなって思ってたから凄く嬉しい。・・・でも、一番は静也さんと一緒に見れた事かな」

「理緒さん・・・」

理緒が、花岡の腕へと絡みつく。

イルミネーションの光に照らされた面持ちで笑んで見せる理緒は、いつにも増して綺麗だ。

「私も、理緒さんと見れて嬉しいです」

そうだ。

ただ輝いているだけの無機物を見て美しいと感じられたのは、ただ隣りに理緒が居るからだ。

理緒が綺麗だと言うから、己もまた同じように感じられる。

理緒の存在、それは花岡にとって何よりも大きい。

「来年も、一緒に見に来ましょうね」

組んでいた腕を引き、理緒の腰を一方的に引き寄せる。

一瞬驚きながらも、理緒は素直に花岡に寄り添うと帽子に包まれた頭を花岡の肩に預けた。

理緒が喜ぶなら、この季節もイベントも、好きになれそうだ。

また来年、否、この先も何度も共に。

そう心のなかで呟き、花岡は夜空に聳えるツリーを眺めたのだった。





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