ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(実の年賀状)



1月1日。

いつもと同じ時間に目を覚ました実は、目を擦りながらメインルームへと向かった。

「・・・おはよ、ございます」

「おはよう、実。あけましておめでとう」

いつもと違わずワイシャツにスラックス姿で新聞を読む遠藤は、けれどいつもとは違いコーヒーカップを手にしてはいなかった。

コーヒーやパンの焼ける香りもせず、代わりにダイニングテーブルの上には大きな重箱が並べられている。

それをさも珍しそうに眺め、実は遠藤の隣りへ向かった。

「きょう、おしょうがつ?」

「あぁ。そうだ。おせちも雑煮もあるからな。ほら、座れ」

遠藤に髪を撫でられ、実は寝起きでぼんやりとしたまま指定席となっている遠藤の向かいの席へ座った。

正月は実も知っている。

だが病院暮らしが長かった実には、一般家庭の正月は珍しい物だらけだ。

綺麗に盛り付けられた見慣れない料理が並ぶ重箱を見ていると、トンと小さな音がして雑煮の入った椀が置かれた。

「あけましておめでとうございます。実さん、今年もよろしくお願いします」

「じゅんくんおはよ・・・う、じゃなかった、あけましておめでとおございます」

「雑煮、餅二つ入れたんですけど、もっと食べられるなら焼くんで言ってくださいね」

「おみそしるに、おもち?おいしそうね」

「味噌汁っていうかすましですけどね」

透明な汁の中に焼いた餅が二つ、他には鶏肉や椎茸などが入っている。

湯気の立つ椀を両手で持ち上げ一口啜ると、それは透明な中に何故味が付いているのか不思議な程おいしかった。

「じゅんくん、おいしいね。おいしいね」

「そうですか、良かったです。おせちも旨いっすよ。つっても、こっちは俺が作ったんじゃないんですけど」

「おいしそうね。みのね、えっとね・・・」

それらがあまりに見覚えが無くて、何がどのような味がするのかも解らない。

箸を握ったまま迷っていると、音を立て新聞を畳んだ遠藤に呼ばれた。

「そうだ実。これやらねぇとな」

「・・・ぴかちゅ、のふくろ」

シャツの胸ポケットから取り出した、黄色いネズミのようなキャラクターのイラストが描かれた袋を遠藤から受け取る。

よくは解らないのだが、この黄色いネズミを実は好きだ。

このイラストも可愛い。

「袋じゃねぇ。中身だ、中身」

「なかみ?」

「あぁ。年玉だろ」

「・・・としだま」

言われるがまま袋の中身を確認する。

そこには四つ折りにされている為一目では枚数の解らない量の紙幣が入っていた。

「わ。いっぱい」

「年玉はそういうもんだ。どうせ明日霧島の新年の挨拶会に行ったら親父達にも散々貰うだろうがな」

「・・・そうなの?」

「あぁ、そういうもんだ。とくにヤクザはな」

「・・・ふーん」

よく解らないし、金を貰って嬉しいかも解らなかったが、けれど何かを『もらえる』というのは嬉しい。

さっさと袋の口を閉じ、実はイラストを見直した。

「かわいいね」

「そうか、そりゃよかったな。それより、早く雑煮食わねぇと不味くなるぞ」

「だめ」

実はポチ袋をテーブルに置くと、それを眺めながら箸を持ち直した。

珍しい料理と、金の入った可愛い袋と。

今まで知らなかった事ばかりで、正月とはとても楽しい。

「おいしいね。おもち、みのもういっこ」

「はい、解りました。今焼いて・・・あ、ちょっと待って下さい」

それまでキッチンで何かをしていた長谷川は、実に返事を返しつつも玄関へと走って行った。

これでは、すぐに餅が来ない事だけは実でもわかる。

長谷川が居なくなった場所を暫く眺めていた実は、諦めると重箱に手を伸ばした。

小柄で幼い容貌であるが、実はよく食べる。

長谷川どころか遠藤と同じ程度食べられるので、長谷川が戻るまでおせちを食べていたところで、後で餅を食べる事も可能だろう。

「・・・きいろいの、おいしいね」

黄色い渦を巻いた物が甘くて旨い。

その隣にあった輝くような黄色い栗も旨い。

甘い食べ物が実は好きだ。

「くりさん、もういっこ」

これはデザートなのだろうか。

もっと食べたいが、デザートならば食事の最後に食べなければいけない。

食べながらも実が迷っていると、バタバタと騒々しい音を立てながら長谷川が戻ってきた。

「実さん、すみません。すぐ餅焼きますね。一つでいいですか」

「うん。ひとつ。あのね、もっとたべたかったらね」

「はい、また後で焼きますね」

「長谷川、てめぇ何してやがった」

「あ、それが兄貴が・・・」

長谷川が全てを言うよりも早く、玄関とこのメインルームを繋ぐ扉が外側から開けられると、そこから遠藤と同じく今日もビシリとスーツを着込んだ千原が入ってきた。

「頭、戻りました」

「新年早々悪いな」

「いえ。実さん、あけましておめでとうございます」

「おめでとぉ」

「こちらを」

ポーカーフェイスの千原が実に頭を下げる。

今日は一日、皆が同じ挨拶をするようだ。

病院でもそうであったので知ってはいるが、それがどことなく嬉しい。

そうして実が緊張感なくヘラリと笑っていると、千原は胸の隠しから取り出した束を遠藤と、そして実にも渡した。

「年賀状です」

「みのも?」

「実も出しただろ?」

「うん。みのもね、だした」

何枚も重ねられたハガキを両手で持ち、実は年玉を貰った時よりも嬉しげに笑って見せた。

確かに実も、12月の半ばに長谷川に言われて年賀状を出していた。

辰の絵は難しくて描けなかったので、既にイラストの入ったものを用意してもらい手書きで一人一人メッセージを書きこんだのである。

「ときーと、たいへえと・・・ゆたもある!」

「あぁ。実も俺に出してくれたんだろ?だからな」

恐ろしげなタッチの辰のイラストのハガキに遠藤の名を見つけ、嬉しくなる。

実は何人もの人に出したが、それがそのまま返ってくるなどとは考えていなかった。

年賀状もまた、実にとっては初体験である。

「いっぱい、うれしいね」

もっとも、実が手にしている何倍───十倍以上の枚数が遠藤の前に置かれているのは少し羨ましい。

「まなぶからもある。わ。りおちゃんからもあるね」

「よかったですね」

「うん!」

理緒は実の数少ない同世代の友人だ。

一度しか会った事はないが、電話やメールは頻繁に交わしている。

もちろん実も理緒に年賀状を出してはいたが、それでも理緒から届いたのは格段に嬉しかった。

「『あけましておめでとうございます』あけましておめでとうです『ことしも、よろしく、おねがいします』みのも、おねがいします」

読み上げながら、返答を口にする。

その実の様子に、遠藤も千原も、長谷川も忙しそうにして気づきはしない。

「『きょねんは、いっしょにぷーる、たのしかったね』みのもね、たのしかったね。『ことしもまた、おおさかに、あそびにきてね』うん。みのね、いく。おおさかいく」

最後まで読み終え、実は年賀状に向け何度も頷いた。

理緒が、遊びに来てと書いている。

ハッとすると、実は自身の手を見つめ指折り数えた。

「きょうはね、だめでしょ。あしたもね、だめでしょ。あさってはね・・・おやすみ。あさっておやすみ」

他の年賀状をテーブルに置き、理緒のそれだけを握ると実は席から立る。

千原と話をしている遠藤の元まで行くと、満面の笑みを浮かべたまま遠藤に理緒の年賀状を突き出した。

「ゆた、あのね、みのね。りおちゃんのとこ、いく」

「あ?あぁ、また今度な。機会があったら連れて行ってやるから」

「あさってね、おやすみ」

だから、行くことが出来る。

明後日は遠藤も休みだと聞いていた。

出来るならば今すぐにでも出かけたい気持ちだ。

───実には書き添えの常套句などという概念はない。

言葉を言葉のままに受け取るしか出来ない実にとっては現状は緊急事態で、嬉しげに言う実を遠藤はただ黙って見つめ返していた。

「・・・明後日、ってか・・・」

「うん、あさって」

「・・・、・・・。明後日は俺は休みだが、明々後日はもう仕事だからな。大阪にまで行ってられねぇぞ。行くなら実一人だな」

「みの、ひとり?」

「あぁ。それに、三日の日は俺と一日過ごすって約束してただろ?一人で大阪行っちまって構わねぇのか?」

「だめ!みの、ゆたとひめ・・・ひめ・・・ひめはじめ!」

その言葉の意味も実にはよく解っていなかったが、ただ遠藤と一日過ごすと約束していたと思い出した。

理緒とは会いたい。

けれど、遠藤とも過ごしたい。

ならばやはり、先の約束の遠藤を優先すべきだ。

「解ったなら良い。理緒さんには俺から『また今度』言っといてやるからな」

「うん。またこんど、ね」

本当はとても会いに行きたかったが、行けないのならば仕方がない。

だが、その『今度』の時の為にも、遠藤に貰ったばかりの年玉は手をつけずにおこうと思う。

もしくは、この年玉で一人で大阪へ行く、というのも良いかもしれない。

一人で新幹線かなにかに乗るのも楽しそうだ。

「ほら、そんな事より雑煮食え」

「実さん、餅焼けましたよ」

「はぁい。おぞうにぃ」

一年の始まりの朝。

美味しい食事に年玉に年賀状。

目の前には大好きな遠藤と、千原や長谷川も居る。

出だし好調。

実は、良い一年が始まりそうな予感で一杯になったのだった。





+目次+