花、香る・お礼用SS
(競馬場に行こう!・2)



スタンドの適当な場所に腰を据え、片桐は競馬新聞を真剣に見つめていた。

「・・・次のレースは芝2000か。1番人気の6番は3連勝目で・・・2番人気の15番は3ヶ月の休み明けか。どうしたもんか・・・」

今日の片桐の儲けは、『ややプラス』。

一レースに一つ大きく山を張るため、儲けも大きいが損も大きい。

勝ったり負けたり勝ったりと繰り返しているが、今はメインレースに向けての手ならしだとでも思う事にしている。

やはり競馬は楽しい。

片桐は機嫌良く唇を釣り上げると競馬新聞を捲った。

予想を立て、マークカードに記入し、それを舎弟に買いに行かせ、レースが始まればそちらに注目する。

それを何度か繰り返した頃、それまで大人しくしていた一が片桐の袖を強く引いた。

「まさや」

「あ?なんだ?」

新聞紙と赤ペンを握る片桐を、隣に座った一が見上げている。

視線は新聞へ注がれたまま言葉で返答するばかりの片桐に、一は何度も繰り返し袖を引っ張った。

片桐は競馬場に到着してから一の事は放りっぱなしでいた。

それだけ競馬に夢中になっていたのだが、初めからこうなると己で解ったうえで一を連れて来ているのだ。

一にも『構ってやれない』という約束はしている。

とはいえ、その約束の意味を一自身がどこまで理解していたかは定かでないと片桐にも解っている。

表情が出にくい一の面もちからも、どことなく退屈をしているのだろう事は感じられた。

「悪いな、後でジュース買って来させるからな」

アイスクリームだろうがなんでも良い。

一の気が紛れる事であればそれで良いと、片桐は一をチラリと見ただけで告げた。

今の片桐は一の機嫌よりもレースだ。

再び視線を競馬新聞に戻す片桐に、けれど一はまたも腕を引っ張った。

「まやさ。まさや」

「なんだよ。大人しく・・・」

「いちも」

「は?」

「いちも、あれ、乗る」

「あぁ?」

『あれ』と言い、一は中央の大型ターフビジョンを指差した。

そこに映っているのはジョッキー、そして、馬。

乗りたいと言う事から、一が何を指しているのかは考えなくても解る。

「まさや、いちも」

「あれって馬か?いち、あれはな、誰でも乗れるもんじゃねぇんだよ」

「・・・いちも。いちも」

否定的に告げる片桐に、けれど一はすんなりと聞き分けてはくれなかった。

このまま放っておけばいつまでも言い続けられそうだ。

だからといって言い聞かせるのも手間が掛かりそうだと片桐が眉間に皺を寄せていると、上段の席に座っていた舎弟の一人が遠慮がちに声を掛けた。

「兄貴、いっすか?」

「あ?柴田[しばた]、なんだ?」

「あのぉ、馬、乗れますよ?」

「・・・乗れんのか?」

「はい。どこだったかな、あっちの方で確かやってます。前、女とそのガキ連れて来た時に乗せてやったんすよ」

片桐にとって競馬場とは遊ぶ所ではなく勝負をするところだ。

競馬場に来たからには競馬以外に興味がなく、他の施設やサービスをほとんど知らなかった。

着ぐるみやヒーローショーを知っていたのは偶然見たからに過ぎない。

「ンなもんがあんのか・・・だったら、今すぐ場所調べろ。金積んででも乗れるようにしてこい」

「わかりました」

「それから、大野[おおの]呼び戻せ。お前居なくなったら馬券買いに行かせる奴がいなくなるからな」

「は、はい」

柴田は慌てて立ち上がると転がるように走り出す。

常から兄貴分には絶対ではあるが、今日は特に片桐の金で遊んでいるのだからいつも以上だ。

それを横目で見送り、片桐はポンポンと一の頭を撫でながら競馬新聞へと視線を戻した。

「今調べに行かせたからな。ちょっと待ってろ」

「いち、うま」

「あぁ、乗せてやるからな」

「うま、うーま」

返事の代わりに何度も頷いた一は、片桐の腕を揺さぶり身体を弾ませる。

そうされると新聞も赤ペンも揺れて邪魔だと思いながらも、心の片隅ではそんな一が可愛いと感じたのだった。

  

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