花、香る・お礼用SS
(競馬場に行こう!・4)



乗馬クラブから元のターフビジョンの前に戻った片桐は、再び競馬新聞を広げていた。

途中の売店で買ってやったソフトクリームを舐める一は、馬に乗った事で気が晴れたのか静かだ。

今の内に予想を立ててしまいたい。

なんといっても次は、片桐にとっても本命である本日のメインレース・GUである。

「芝2000ハンデ戦かぁ。ハンデ頭が1番人気で狙い目は軽ハンデだな。ここは一発大きく行くか」

ハンデ戦は馬の能力によって錘に差をつけて競わすというもので、軽いから有利であったり重くても力があれば勝ってしまう。

読みが難しいレースの一つだ。

「3と8と12か・・・いや、3と6と8か・・・いやここは・・・」

狙うは一等から三等までを当てる三連単。

競馬に絶対という事などありえず、だからこそそこにドラマがある。

しかし馬券購入の締め切り時間はこく一刻と迫り、あまり悠長な事もいっていられない。

どの馬をどの並びにするか。

眉間の皺を深くする片桐に、ソフトクリームを食べ終えた一はその腕に絡みついた。

「まさぁ」

「いち、悪りぃが後にしてくれ」

今は最後の決断の時だ。

見もしないで言う片桐に、しかし一は片桐の腕を強く引っ張った。

「いちも。いちも」

「なんだ?馬ならさっき乗っただろ」

「いちも。それ。いちもそれ」

「いちもって、これか?」

腕を引っ張る一に片桐は投票券のマークカードを見せると、一はまだ白紙のそれに指を伸ばした。

「いちも、する」

「・・・まぁ、いいか」

奪い取らん勢いの一にそれを渡せば、片桐はペンも差し出した。

一に真っ当な予想が出来るとは思えないが、馬の名前で買おうが、今日の日付で買おうが、何を基準に賭けても良いのが競馬だ。

法律上、18歳以上で学生ではない一は立派に投票が認められている。

これで一が静かになるならそれに越したことはない。

「ほら。ここの好きなとこに線引け。わかったな」

「・・・わかった」

投票券はマークシートタイプで、一枚で5口まで投票が出来る。

もっとも、1レース大口一点買い主義の片桐の投票券はどれも一番上の枠しか使われていない。

簡単な説明に一は頷いたが、本当に解っているかは不明だ。

もしも使用不可な記入をしていたとしても、その時はその時。

たとえきちんと記入が出来ていても、一の予想がかすりもしていなければフォローをしてやらなくてはならない。

ようは購入出来ているか否か、というよりも当たっているか否か、その一点のみが重要なのだ。

「しっかり考えろよ」

今は、とりあえず一が静かになれば良い。

しかしその片桐のたくらみは、ものの数秒で破れてしまった。

「・・・出来た」

「早なぁ・・・まぁ、いい。じゃぁそれ持って祈ってろ。祈れば祈るだけ勝てるからな」

「・・・・解った」

根っからの勝負師である片桐に神頼みをする習慣はない。

口から出任せでしかないその言葉を素直に信じたのか、一はマークカードを目線の高さに上げるとじっと見つめていた。

本当に念じているのだろう。

これで当たらなければ落ち込みは酷いだろうが、単純で素直な一がなんとも可愛らしい。

落ち込む一を慰めるのも、それはそれで楽しそうだ。

「・・・・、・・・・やっぱ3−8−12かなぁ」

「兄貴、そろそろお時間が・・・」

「よし、解った。これで良い、買って来い。一の分もだ」

「はい」

片桐と一のマークカードを柴田に渡す。

柴田は他にもマークカードを握っており、舎弟らの分は回収済みなのだろう。

足早に自動発売所に向かう柴田の背を、片桐はなにげなく見送った。

片桐はメインレースに今日の軍資金と勝ち金の全てをつぎ込んでいる。

泣くも笑うもこの1レース次第だ。

「いち、これが終わったら帰るからな」

「かえる」

「帰りに一杯・・・いや、飯でも食いに行くか」

「いち、おいしいの」

「そうだな。いちの好きなもん食わしてやる」

今日は一日付きあわせたのだ。

デートとも呼べないようなこれに一は何を思っただろう。

真っ当な女であれば怒っても当然の扱いをしていたという自覚もあるだけに、騒いで退屈を見せても最後まで付き合ってくれた一には感謝をしている。

一の好みの食べ物と片桐や舎弟らのそれでは随分と違うだろうが、ここは一に合わせてやるつもりだ。

その中でも夕食が豪華になるか貧相になるか、それもまたこのレース次第だと言って過言ではない。

どうしてもここは勝ちを見せたいところだ。

「兄貴、馬券です」

「いちのー。いちのー」

「えっと・・・はい、一さんのはこちらです」

柴田がそれぞれに馬券を渡す。

名刺程度の大きさのそれを、一は大切そうに見つめていた。

散々念を込めたらしい馬券だ。

勝てば良いとは思うが、だからといって己の賭けた馬が負けて良いという訳でもない。

「・・・いよいよだ」

重賞のファンファーレが、競馬場内に響きわたる。

今日のメインレースはこの競馬場で行われ、目の前でその激戦が繰り広げられる。

血が滾るとはこのことだろうか。

「いち、よく見とけよ」

「・・・いち、みる」

いちの腰を抱き寄せ、片桐はターフビジョンを睨みつけたのだった。




  

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