花、香る・お礼用SS
(競馬場に行こう!・5)



各馬が一斉にスタートする。

本日のメインレースとあり、場内からはこの日一番の声援が上がった。

「行けー、行けーっ!」

「そのままー、そのまま行けー!」

やはり前評判通りの馬が先頭に立っている。

この馬はスタートダッシュに定評があり、今回もまた軽快に後続の馬を引き離していた。

出馬は14頭。

先頭集団は6頭で、ターフビジョンに最終コーナーを曲がった映像が映し出された直後、片桐らの目の前・直線コースへ馬が入って来た。

『各馬最終コーナーを立ち上がってきました!!先頭は依然5番のミスキャンディ!1番人気のホワイトタイガーはまだ中段です!』

場内アナウンスの実況も興奮の色が濃くなる。

人間の何倍もある巨体が、全力で走る様は壮観だ。

「うまー」

「差せー、差せ!」

「・・・させ、させぇ」

しかし競馬は、見て楽しむだけのものではない。

競馬は勝たなければ意味はなく、特に今回の片桐は1着から3着までが揃わなくてはならないのだ。

今日の全てを賭けた馬券を握りしめ片桐が声の限り叫ぶ。

その隣で片桐のシャツの裾を握る一も、訳が分かっているのかいないのか同じ言葉を叫んでいた。

「行けー、差せ!差せー!」

「させ、さっせ」

現在のトップがどれなのかも解らない混戦の中、先頭集団がゴールを走り抜ける。

それと同時に、それまでとは明らかに違う声が場内の何処かしこから湧き上がった。

歓喜であったり、嘆きや怒りであったり。

様々な人の気が溢れている。

「・・・どうなったんだ」

「させー、させー」

「いち、終わったぞ」

「させー・・・おわった」

やはり一は何も解らずに言っていただけのようだ。

片桐の真似をしていた口を閉ざすと、不思議そうに首を捻った。

「結果はどうだろうな───ぁ」

一旦落ち着きかけていた場内に、再びざわめきが沸く。

片桐も反射的にターフビジョン設置されている電光掲示板へ視線が吸い寄せられた。

一番上にレースのナンバーと『確』の文字の光るそこには、今しがたのレースの結果が5着まで表示されている。

「・・・クソッ」

掲示板を見るなり、片桐の表情はあからさまに曇った。

何度見直しても変わらない。

どこからどう見ても、片桐の予想した馬は2着3着4着。

順番は正しいながらただ一着だけがまるで予想外の馬がさらって行ったという事だ。

あれ程練りに練った予想は見事大外れ。

八つ当たりでしかないと解っている苛立ちがどうしょうも無く片桐の中に起こり、目の前のベンチを力任せに蹴りつけたい心境である。

だがそうとしなかったのは、隣でじっと見つめている一が居るからだ。

「・・・・」

「・・・、・・・。しゃぁねぇな。まぁ、こんな日もある。・・・お前らどうだったんだ?」

「兄貴、俺もダメでした」

「俺もっす」

「あんな大穴、まさか来るとは・・・」

皆が皆、重いため息を吐き肩を落とした。

片桐の予想を妨害した一着の馬は一番人気の低い馬だったのだ。

評価は低く条件は悪く、片桐もまさかあの馬が来るなどとは微塵も考えていなかった。

それだけに悔しさよりも腹立たしさを感じるのだと不要品となった競馬新聞を握りしめていると、一が力強く片桐の腕を引いた。

「なんだ、いち」

「いちのいちー」

「あ?」

「あれ、いちー」

一が掲示板を指差す。

見たくもないそこには、一着に1と表示がされている。

しかし今は、一の名と同じだと喜んでやる気力は到底沸いてこない。

「あぁ、1番の馬が一着だったからな」

「いち、いち」

「あんまりそう言ってくれるな。あいつさえ居なければ俺の馬券は・・・そういえば、いちは何買ってたんだ?」

「いち、いち」

何に対して告げているのか同じ言葉を繰り返すばかりの一は、大切に握りしめていた馬券を片桐に突き出した。

己の予想に夢中ですっかり一が馬券を買えたのか否かすら確認をしていなかった。

そもそも、一の馬券など大したことがないと、どこか決めつけてしまっていたのだ。

だが───。

「あ?・・・おい、これ・・・」

「・・・すげぇ」

「一さん、これ・・・」

「いちの、いち」

一の馬券に片桐と舎弟らの視線が一斉に集中する。

見慣れた馬券だ。

読み間違えるなどありえない。

ここにはどう見ても、『単勝・1』と書かれていた。

「おい、1番単勝の払戻金はいくらだ」

馬券購入にはいくつか種類があり、片桐が狙っていた一着から三着までを間違えずに当てる『三連単』は配当金が高く、一方一の購入した『単勝』は一着を当てるだけなので配当金がやや少なめだ。

大抵の場合4倍から6倍程度にしかならず、人気馬が勝ったときなどはたった1.5倍程度の時もある。

しかし、この馬は片桐が見向きもしなかった最低人気馬だ。

咄嗟に声を震わせる片桐に、柴田は息を呑んだ。

「兄貴・・・、13380円です」

「って事は・・・」

柴田が見たターフビジョンにメインレースの払い戻しが大きく映し出されており、そこには一口・100円で購入した場合の払い戻し金額が記載されている。

一の馬券には、『一万円購入』と記載がある。

13380円は約133倍の払い戻し金額を示し、つまり、1万円の133倍は───。

「133万、か」

「すっげぇ・・・・」

「133万・・・・」

初めての競馬で万馬券。

ビギナーズラック。

ただの偶然だろうが、一が片桐の嘘を信じ一生懸命念じていたお陰かもしれない。

迷信など一切信じない片桐であるが、そう考えた方が余程、己の予想が外れた言い訳としては納得してやれる気がした。

「凄いな、いち。大穴当てやがって」

「すごい?」

「すっげぇぞ。祈ってたからな」

「うん。いち、お願いいっぱいした」

一の頭を片桐がガサガサと撫でる。

予想が外れ、渾身の勝負が不敗に終わり、それはどうにもやりきれない。

けれど片桐を見上げる一が、目を細めて頭を振るものだから。

「どうした、嬉しいか?」

「うれしい。いち、まさやのよしよし、好き」

人目など気にせず一が片桐にすり寄る。

馬券を握りながらのその仕草がどうにもアンバランスで。

終わったレースに苛立つのは男らしくない。

今はただ、一が喜んでいるのだからそれで良いか、と片桐は思う事にしたのだった。






  

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