花、香る・お礼用SS
(競馬場に行こう!・6)



またも抱き上げろと言う一をなんとか手を繋ぐ事でかわし、片桐は換金場へ向かった。

133万円となった当たり馬券は今は片桐の手の中だ。

初め一は自分で持っていると言い張ったが、しかし片腕の一は馬券を握っていれば片桐と手を繋げない。

馬券を持つか手を繋ぐか。

一なりの葛藤の末片桐をとり現在に至っている。

人の溢れる建物の中。

柄の悪い男を数名従えた一際こわもての男が、華奢な青年と手を繋ぎ歩いている。

それだけでも十分に人目を引いたが、一はそんなものを気にしたそぶりもなく嬉しげに頭を振っていた。

「いち、ふらふらすんな。真っ直ぐ歩け」

「まさや居るから、大丈夫」

「そういう問題じゃねぇだろ」

ふらふらと歩くどころか一は前を見もしない。

競馬場や人の多い場所が珍しいからか、キョロキョロとして落ち着きもなかった。

そんな風にしていれば人にぶつかってしまうだろうし、転倒もしてしまうかも知れない。

一にも困ったものだ───と言いながらも、本心としては己を頼り切っている一にまんざらでもなかった。

「転けても知らねぇからな」

「まさや居る。いち、転けない」

「あのなぁ・・・」

口ではなんと言ったところで、気を抜けば口元が緩んでしまいそうだ。

そうしながらも特に何もないまま換金場に到着すると、自動払戻機が並ぶ中を片桐らは奥の窓口へと向かった。

自動払戻機は数十台設置されているが、窓口は僅か三つ。

機械は早く便利で、大抵の人はそちらを利用するからだ。

しかし銀行のATMもそうであるように、自動換金機も100万円にまでしか対応していない。

三つある窓口のうち一番端には先客が居たため反対端のそこに立つと、片桐はアクリルガラスの向こうの中年女性に一の馬券を渡した。

「・・・、どうぞ中へお願いします」

「おう」

払戻金が100万円を越える場合、機械が利用出来ないだけではなく窓口でも特別処置がとられる。

窓口での受け渡しではなくその奥の事務室で渡されるのだ。

知ってはいたがうっかり忘れていた片桐は、返事をしながらも眉間に皺を寄せた。

「・・・まさぁ、中ぁ?」

「あぁ。・・・面倒だなぁ、おい、おまえら行って来い」

「はっはいっ」

「余計な真似すんじゃねぇぞ」

「はいっ!」

何が面倒といえば、一を連れ中に入るのがどことなく面倒に思えたのだ。

さも面倒だとありありと解る口調で言えば、柴田が緊張し裏返った声で答えた。

何せ133万円だ。

己の金で無かったとしても緊張も興奮もあるのだろう。

強ばる顔で窓口の奥の事務所に入ってゆく柴田を、片桐は一や他の連中と待つことにした。

「まさ、行かない?」

「ここで待ってような」

「帰る?」

「そうだな・・・飯食いに行くか。つっても飯の時間には早いから、その前にいちの行きたいとこ連れて行ってやってもいいぞ」

メインレースが終わってすぐの今は夕方4時頃だ。

壁に寄りかかる片桐は、正面から密着してくる一を腕の中に納めた。

「いち、ハンバーグ」

「ハンバーグ?お前好きだな。二日か三日前も食っただろ」

「いち、ハンバーグ!」

強い口調で言うと一は片桐の肩を叩く。

気持ちを上手く伝えられない一は感情が高ぶればよく叩いてくるが、片桐にしてみては然程の痛みはない為、不満げに攻撃をしてくる一はただ可愛らしく映るだけだ。

「わかったわかった。まぁ、今日は一に付き合って貰ったからな。悪かったな、退屈だっただろ」

競馬場に来てから、競馬にだけ夢中になっていたと自分自身で解っている。

隣に一が居ても、一が何を考えているかなど気にもかけていなかった。

それを大して怒りもせず、騒ぎもせず、退屈そうにしながら付き合ってくれた一には感謝をしている。

数年ぶりの念願の競馬場は、勝敗は残念な結果に終わったものの競馬を楽しむという意味では満足出来た。

また暫くはテレビでの観戦で我慢するとしよう。

片桐が一の頭を撫でると、一は片桐を見上げたまま首を深く傾げた。

「いち、退屈ない」

「嘘つけ、退屈そうにしてたじゃねぇか」

「でも、まやさ一緒」

「は?だからなんだ」

「まさや、ずっと一緒。うまーいっぱい」

「だから・・・」

「おうち、違う」

単語をつなぎ合わせて見えてきた一の気持ちは、片桐の胸を締め付けた。

そして、それに追い打ちをかけるよう、一は───口角を吊り上げ呟いた。

「楽し、かった、ね」

「・・・いち」

滅多に見る事の出来ない一の笑み。

それも乗馬体験で見せたそれよりもより色濃い微笑。

今日一日片桐は勝手をしたというのに。

放ったらかしにしていたと自覚もしているのに。

それでも一は、楽しかったと笑ってくれるのか。

「いち・・・ありがとな。来週はどっかいちの行きたいとこ連れて行ってやる。今度はいちの番だ」

「いちの?」

「あぁ。日帰りでも・・・泊まりでもいいな」

そうしてまた一の笑みが見られるなら、何でもしてやれる。

普段から子猫か何かのように可愛い一は、笑えば人間の青年そのものの美しさがあるのだと、知っていた筈の事実を改めて思い出した。

「・・・、いちまさやといっしょ」

「そりゃ一緒に行くぞ。いちだけ行かせるわけねぇだろ」

「いち、まさや一緒、どこでもいい」

「どこでもって、それじゃぁ意味ねぇだろ」

「いち、まさや一緒」

一が片桐の肩を叩く。

もう笑みの無くした一は、感情の伝わりにくい眼差しで片桐を見上げていた。

まったく、一にはいつも悩まされる。

だがそれだけに、毎日新鮮でならない。

「わかったよ。いちが好きそうな場所調べておいてやる」

「───兄貴、終わりました」

片桐がもう一度一の頭を撫でていると、事務所から柴田が戻った。

手には中央競馬のロゴの入った紙袋。

その中には、一の戦利金が入っている。

「じゃぁそれ、お前持っとけ。何かあったらただじゃおかねぇからな」

「っ・・・は、はい!」

「お、俺にも中見せろ・・・すげぇ」

「すっげぇ・・・」

片桐にしてみれば、たかだか百数万円程度大した事ではない。

紙袋をちらりとみやっただけで先を立って歩き出す片桐に、一がすり寄った。

「まさや、だっこ」

「だから、家に帰ってからって言ってんだろ」

場内はまだ人で溢れている。

メインレースが終わったとあり帰る人の波も多い。

勝敗は惨敗に終わった。

けれど、金よりも価値のある物を見る事が出来たのだから一先ず満足だ。

「だっこ・・・、・・・手」

「手だったらな」

一と手を繋ぐ。

まっすぐに歩かない一に目を配りながら、片桐はふと口元を緩めたのだった。



【完】




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