ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(暁と酒と香坂と)



ある金曜日の深夜近く。

翌日は休みとあり、香坂甲斐と美原暁は自宅で酒を飲んでいた。

「酔うんは構へんけど、無理はしいなや」

ローテーブルにはグラスとつまみ。

直接腰を下ろすラグマットの上には空のアルコールの缶や瓶。

ビールから始まったそれは、ワインにブランデーと続き今グラスには焼酎が注がれている。

その飲み方が悪かったのだろうか。

飲み始めて数時間、暁はすっかり出来上がっていた。

「別にぃ、酔ってもないし」

「そおか。水、入れたろか?」

「水じゃなくて、酒。焼酎入れて。いっぱい入れて」

香坂に寄りかかった暁は、まだ半分程水割りが入っているグラスを零れんばかりの勢いで香坂に突きつけた。

暁は決してアルコールに弱い訳ではない。

そのうえ己のペースも知っているので外で失態を見せる場面は少なく、だからこそ自宅で飲ませたのだ。

一方の香坂は若い頃よりアルコールには強く、今にしても暁以上に飲んでいるだろうに酔った様子は見えなかった。

「入れたるから待っててな」

「焼酎ぅ、だけでいぃ。水、いらない」

「それは出来ひんなぁ」

呂律が回っておらず瞳孔が座っている暁だが、香坂にしてみればそれが可愛くて仕方が無かった。

日中は隙なくスーツを着込みVALORE社の花形部署でバリバリと働く暁が、今はこうも無防備になっている。

それも今は二人きりだ。

これでもかと気持ちが浮き足だっているからこそ、酔いを感じないのかもしれない。

自身のグラスには氷と焼酎だけを、暁から受け取ったグラスには氷と少しの焼酎と水を注ぎそれを渡した。

「出来たで」

「んー」

普段なら必ず言うだろう『ありがとう』すら口にせず、暁はグラスを受け取るとそれを唇に当て、明け切らない瞼で香坂を見上げた。

黒い前髪が目元に掛かる。

それすらも今の暁は鬱陶しいとは思わないようだ。

「どないしたん?見つめたぁなるくらい俺、男前か?」

「んー。かいー」

冗談めかして言う香坂の言葉など聞こえていないのか、暁はその腕に絡みつき密着を深める。

全身でまとわりつく暁も可愛いものだ。

その暁を香坂が上機嫌で眺めていると、それが気に入らなかったのか暁は目尻をつり上げた。

「何?なんで笑ってんの?バカにしてんの?」

「してる訳ないやん。暁可愛いなぁ、思て見てただけや」

「は?可愛い訳ないだろ。バカじゃない?バカなの?」

怒り上戸というものがあるが、暁はその部類なのだろうか。

香坂組の若頭であり嫡男であり次期組長の呼び名も高い香坂に正面切って暴言を吐く人物などそう多くはない。

すぐに思いつくだけで、実父と旧友二人だけだ。

加えて皆が皆根っからの関西人で有るため、『馬鹿』と言われる機会は極めて少なかった。

『アホ』に比べて『馬鹿』はどことなく癇に障るのだ。

しかしそれが暁、それも酔った状態の暁であるなら、香坂は微塵も苛立ちを感じはしない。

話の通じない暴言をはきながらもけれど腕を放そうともしない暁は、グラスを煽ると更に強くその腕を抱きしめた。

「暁は可愛いやんか。世界一可愛いで」

「やっぱ、目、おかしいんじゃない?」

「なんでそんなん言うんや。信じてぇや」

絡んでくる暁が可愛い。

座った眼差しで不機嫌そうにする表情も、中身も外見も、その全てが可愛い。

そう思ってしまう辺り、香坂も多少はアルコールにやられているのだろうか。

あまりに口元が緩めばまた暁が怒るだろうとグラスでそこを隠していると、暁は覗き込むように香坂へ顔を寄せてきた。

「どないしたん?」

「・・・やっぱり、可愛い子がいいんだ?」

「は?なんやそれ。だから俺はあき・・・」

「やっぱり甲斐は、可愛い女の子が良いんだ」

そのような事は一言も言ったつもりはない。

むしろ暁が可愛いとしか言っていないつもりなのだが、何をどう受け取ったのだろうか。

しかし香坂の疑問などお構いなしで、暁は鋭い視線を向けるばかりだ。

「そりゃぁ、俺はおっぱいもないけど。てかついてるけどー」

「せやから暁が良いんやんかぁ。いっつも愛してるて言うてるやん」

「だって・・・甲斐、ノンケじゃないか。別に男なんて・・・俺なんて好きじゃないくせに」

怒り任せだとばかりに暁が水割りを一気に煽る。

薄くなっていたとはいえ、酔った状態での一気飲みはよくない。

これ以上飲ませるのは危険だろうと、空になったそのグラスを香坂はさりげなく取り上げる。

グラスを取り上げても気にした様子の無い暁は、ぐったりと香坂へと寄りかかった。

「かいー」

「こないに愛してんのになぁ。そんなん言うたらあかんわ」

「今まで何人の女の人と付き合って、SEXしたんだよ。やっぱり、女の人の方が気持ちいいんだろ」

「そんなんは数えた事もないけど、こんだけ愛したんは暁だけやって何回でも言えんで。な?それだけやったらあかんか?」

今は酔っているので普段の暁ではない。

だが心の奥では常より、元々ゲイではない香坂に対して思うところがあったのだろう。

もっとも香坂もはっきりとノンケという訳ではなく、暁と出会う以前より楽しければ相手が男でも女でも構わない考えている。

グラスがなくなり手持ちぶさたとなった暁は、両腕で香坂の首にしがみつくとその膝に跨る恰好で正面から抱きついた。

「俺は、俺はぁ。甲斐が好きなのに。甲斐だけが、好きだって言ってんのに・・・」

怒気を含んでいた口調が、途端に悲痛なそれへと変わる。

それに気が付いたと同時に香坂の肩へ顔を埋めた暁は涙を零した。

「甲斐が女の人のとこ行ったら嫌だ。他の男のとこに行っても嫌だ。俺のとこだけじゃないと嫌だ」

「行くわけないやろ。俺は暁だけやからな。可愛いなぁ、暁は」

泣きながら駄々を捏ね暁に、香坂は見られていないからと頬を緩めた。

暁のすがりつく腕が強すぎて痛いが心地よい。

素面なら閨の中でも言わないような情熱的な言葉だ。

こんなにも暁のストレートな独占欲を感じたのはいつぶりだろうか。

それを聞けるなら、いくらでもアルコールを飲めばいいとさえ思ってしまう。

「かい・・・、かぁ・・・」

「暁?どないしたんや?・・・・寝たんか?」

暁の声が途切れる。

腕に込められていた力も抜け、暁の乗っている場所が急に重みを増した気もした。

散々罵声を浴びせ泣いたかと思えば直ぐに眠る。

次に目覚めた時、暁はそのどれほどを覚えているのだろうか。

「だから、可愛い言うてんねんけどな」

どこの誰が、たとえ暁自身が否定しても香坂にとっては暁は何よりも可愛くて、そして何よりも愛しているのに。

今も何度も繰り返したけれど心の底からは信じてくれないようだ。

愛してもいないなら、このような酔い方をする男と飲めるものか。

「明日は二日酔い覚悟しとかななぁ。遊ばれへんなぁ」

すっかり眠ってしまった暁を肩に担ぎ、香坂は立ち上がる。

休みは二日。

明日は無理でも明後日は身体で教えなくてはならない。

こんなにも愛している。

出会った頃から更に速度を増して暁しか考えられなくなっていると、目を反らせない事実として香坂の中にあるのだ。

ふと香坂は口元を緩める。

その面もちは、なんとも優しげであった。



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