ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(湯沢と酒と中里と)



裏の社会だ日の当たらない世界だと言ったところで、ヤクザにも朝と夜はある。

業務時間は一般の企業と大差ない程で、生活も夜が多少遅くなる事はあってもそれなりに規則正しい。

それを言うなら、医者の方が余程不規則だ。

若手医師は特に夜勤が多く、急にそうなる事も多々ある。

その為、中里と湯沢は同じ家に住んでいても二・三日まともに顔を合わせない時も多く、だからこそ共に過ごせる時間は貴重に感じられる。

そして今日は、その貴重な夜であった。

「中里組長、ご苦労様です」

「ご苦労様です」

「あぁ」

上機嫌で自宅であり組名義の所有であるマンションの最上階に到着すると、中里は腰を折る舎弟らに片手を上げた。

湯沢は今日久しぶりに早く帰ったという。

それが嬉しくて、中里も普段よりも早めに仕事を切り上げ帰宅したのだ。

谷を含む舎弟ら全員を廊下に残し、一人玄関の敷居を上がる。

そうしてリビングへの扉を開くと予測通りそこに湯沢が居た。

「亮太、ただいま」

テレビもついていない部屋のソファーセットの前で、センターテーブルに寄りかかりながら湯沢はビールを煽っていた。

中里の声に気がつき湯沢が振り返る。

その頃には中里はジャケットを脱ぎネクタイを緩めていた。

「・・・学さん」

「一人で飲んでるって珍しいな」

「別に。俺だってそんな気分の時くらいありますよ」

上機嫌の中里の一方、湯沢はどこか刺々しい。

口調も声も、顔つきにしてもとても機嫌が良さそうだとは言い難い。

その要因が何であるのか知れないまま、中里は湯沢の隣に腰を下ろした。

「俺も飲んで良いか?」

「好きにしたら良いんじゃないですか?」

「じゃ。これを・・・」

「これは俺のです。飲むなら冷蔵庫にいくらでも入ってますよ」

「そーか」

湯沢の持っている缶ビールに触れようとした途端その手をさっと引かれる。

それ自体冗談のつもりであったが、なんとも冷たい反応だ。

あれほど楽しみに帰ってきたというのに出鼻をくじかれた気分だが、仕方がないと立ち上がり中里は冷蔵庫に向かった。

中里も湯沢も全く料理をしない。

この家で料理場に立つのはもっぱら舎弟か料理人だ。

そのうえ仕事と帰宅時間の関係上外食が多く、自宅で食事をとるのは朝食だけだという日が多い。

その為、冷蔵庫にはあまり食材は入っていなかった。

しかしドリンク類だけは豊富で、缶コーヒーから栄養ドリンク、中でも缶ビールは二桁以上の本数が並んでいる。

その中から両手に一本ずつ缶を持ち、中里は湯沢の元へ戻った。

「ほら、まだ飲むだろ」

「・・・ありがとうございます」

一本を湯沢に差し出すと、それを受け取った彼は視線を彷徨わせながらも頷いた。

湯沢は特別アルコールに強い訳ではない。

それどころか、どちらかと言えば弱い方だ。

だが、まだ湯沢の近くに空の缶が転がっていない事から今手にしているのが一本目だと思われ、それならば流石にまだ酔ってはいなそうだ。

湯沢の隣で缶を開けると、中里は彼を見もせずに缶を煽った。

「どうしたんだ、荒れてんじゃねぇか」

「・・・別に」

「別にじゃねぇだろ」

チビチビと舐めるようにビールを飲む湯沢に対し、中里はそれを水か茶かというペースで飲む。

口ごもる湯沢が口を開くより早く一缶目を飲みきると、中里はさっさと再び冷蔵庫に向かった。

手と腕で抱えられるだけの本数の缶ビールを抱え、それをテーブルの上にドサドサと乱雑に置く。

今度は湯沢に渡すこともなく己の分だけ手に取りプルタグを開けていると、ようやく湯沢が口を開いた。

「頭では解るんですよ。解るんですけど、でも、納得できない事だってあります」

一つ目の缶の少ない残りを一気に飲み干し、湯沢は空き缶をテーブルへドンと叩きつける。

そして引き続き、先ほど中里から手渡された缶を開けた。

「なんだそれ?だから何があったんだって聞いてんだろ」

「・・・」

「俺に言えねぇ事か?」

「・・・、・・・俺が、若いから嫌だって言われたんです」

「は?なんだそれ?」

「だから。俺が若造だから、手術を任せるのが嫌だって、言われたんです」

さも不機嫌そうに言い、湯沢は缶に顔を埋めた。

湯沢は27歳になったばかりだ。

年齢的にも若いが、医者としてであれば殊更『若い』。

なにせ研修医から正式な医師となり一年と経っていないのだ。

経験の浅さを指摘されても仕方がないのだろうが、だからといってあっさりと割り切れるものでもないのだろう。

「それは難しいモンだったのか?」

「いえ、術式的には難易度が低い方だって言われてます。だから外科部長も俺に回したんですよ」

「言われてます、ってやった事はねぇのか?」

「・・・今回が、初めてですけど。でも、ベテランの先生もついてくださるって話しだったし・・・」

何事も初めてがなければ二度目も三度目もやってこない。

しかし、その初めての患者が自分自身であるかと思えば拒否をしたくなる心境も解らないでもない。

ベテラン医師が隣りで見ているならいっそその医師にメスを握ってもらいたいとも思うだろう。

湯沢もそれは理解をしている筈だ。

だから今夜のヤケ酒は怒りから来るものではなく───

「ま、悔しいもんは悔しいんだな」

缶ビールを片手に中里は湯沢の頭を撫でた。

軽く叩くようにも感じられるその手つきに、けれど湯沢は拒絶はしない。

「そりゃ、俺なんかが手術したら怖いと思われてもしかないんですけど。人命に関わる事だから、患者さんの意思を尊重しますけど・・・」

「けど、信じて欲しかったんだろ?」

湯沢が力なく頷く。

諦めと、納得と、悔しさと。

『若いから』と言われてしまえば反論など出来なくなる。

己が悪い訳ではない。

相手が悪い訳でもない。

ただ、時間と言うどうにもならないもののせいで経験が詰めていないだけなのだ。

「こればっかりはな。仕方ねぇな。経験積んで、年くって、まぁそうやってやってくしかねぇ」

「・・・そう、ですよね。いえ、頭では、解ってたんですけど」

若造だと甘くみられるのは中里も同じだ。

湯沢よりも年齢は重ねているが、それでも極道社会ではまだまだだと扱われる。

それを見返すのは文句を出させないだけの実力でしかないのだが、それを知らしめるのも一昼一夜では出来はしないし、未だに多くの古参連中には単なる跡取りのお飾り組長だと思われている節がある。

だがそれも今の内だけだと、中里は気にも止めていない。

「・・・なんか、グチグチ言っちゃってすみません。ただちょっと・・・はい、悔しくて」

「気にすんな。いくらでも言え」

湯沢の手から開封しただけで中身の殆ど減っていない缶を取り上げると、中里は撫でていた手で湯沢の頭を自身の方へ押し倒した。

「・・・わ」

バランスを崩した湯沢が、中里に倒れ込む。

それはまるで膝枕の体勢だ。

普段の湯沢ならば直ぐにも飛び起きるだろうが、今は大人しくそのままでいる。

顔が赤いのはアルコールのせいか、心中を吐き出した羞恥心からか。

中里の膝に頭を預け、湯沢は中里を見上げた。

「そんなに手術したいんだったら、うちの連中に怪我させてでも送り込んでやる」

それで湯沢が喜ぶなら、中里は平気でそうさせる。

舎弟でも良いし、組外になら死んでも構わないような連中も腐る程居る。

ニッと笑って見せる中里に、眼下の湯沢はふと険しい表情になった。

「馬鹿な事言わないでください。手術の為に怪我させるなんて馬鹿げてるに決まってるでしょ。俺は医者です。そこまでして手術がしたいと言っている訳じゃないです」

この目だ。

この目の方が湯沢らしくて、どうにも惹かれてしまう。

「そうだな。愛してる、亮太」

「は?なんですか、今───」

ただ、今の様に弱り切った姿を見るのも嫌いな訳ではない。

放っておけば一人で抱え込むだけだろう弱音を聞けた、それは十分な収穫である。

だが、その話しももう終わりだ。

これからはお待ちかねの恋人同士の時間。

それを言葉以上の物で伝えようと、中里は膝の上の湯沢を抱き起こし唇を奪ったのだった。







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