ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(長谷川の代理候補・1)



今や実の生活に長谷川は必須である。

護衛や見張り役というのが一番の目的であった筈であるが、しかし現状の長谷川の役割は実の世話係。

ともすれば保護者だ。

それを遠藤は苦々しく思いながらも、けれど長谷川の必要性は否定出来ない。

しかし、長谷川は当然ながら一人しかいない。

もしも長谷川に何かあった時、大事でなくとも病気や怪我を負った時など実の世話係が居なくては困った事になる。

思考が遅く足に障害のある実の世話係は誰にでも出来るものではなく、臨時で適当な組員をつける訳にはいかないのだ。

それならば今のうちに長谷川の代役を育てるのも一つだろう、という話が遠藤と千原の間で持ち上がったのは数日前。

考慮の末、一人の男が『実の世話係代理』として候補にあげられたのである。

彼はまだ『候補』の段階だ。

実際にこの役目が務まるかは解らない。

そうして今日、まずは『研修』の名の元に一日実と長谷川の様子を見学する事になったのだった。

「おはようございます、よろしくお願いします」

現在スクールの最中の実を待つ長谷川と合流した男は、低い声で言うと頭を下げた。

桃井司[ももい・つかさ]、25歳。

彼が『実の世話係代理』に抜擢された理由は、看護師を志した経験があるからだ。

もっとも資格試験や卒業を待たずしてドロップアウトをしているし、その時の経験が実の世話に役立つのかは未知数である。

外観は年相応。

今時の若者らしい服装と髪型で、いかにもチンピラ然としている長谷川に比べるならあまりヤクザには見え難い。

「見学って事だし、適当にしとけ。邪魔はすんなよ」

「はい」

年齢は長谷川の三つ上。

だが霧島組にはつい最近入会した為長谷川の後輩に当たる。

一日でも先に入会した者が兄貴。

年齢は二の次である。

桃井がこの役回りを受けたのは遠藤直々の打診というのもあるが、何よりこれを機に遠藤含め組幹部の目に止まれるかもしれないと考えたからであった。

社会の屑として暴力団に入会したからには、是が非でも上り詰めたい。

そのために犯罪を繰り返し上納金を納めているが、それでも下から這い上がるには力量が足りないとはっきりと自覚している。

そんな折りに指名された任務。

これはチャンスだ。

若頭の愛人の護衛はヤクザらしからぬ仕事内容だが、重鎮と会う機会も増えるだろうし己をアピール出来る。

遠藤はもちろん中里や先代らにも会えるなど、単なる下っ端には夢のような事だ。

今は『代理』それも候補に上がっただけだが、ゆくゆくは長谷川に成り代わり実の一番の信頼を勝ち取る。

その為にも見学とはいえ初日の今日は重要だと、意欲満々で桃井は少し離れたところからスクールを終えて出てきた実と長谷川を眺めた。

正直、実の容貌には驚いた。

スクールから出てきたばかりの実を見た時、そのあどけなさから知らされていなければ霧島組若頭の愛人だとは思えなかっただろう。

「実さん、お疲れさまです」

「みのね、つかれてないよ」

「そうですか。お鞄お持ちします」

「はぁい」

会話がかみ合っているのかいないのか、実の言葉に適当に相づちを打ちつつ長谷川は実からリュックを受け取る。

そして、空いている手で実の手を取り歩き出した。

「っ・・・」

長谷川の行動に桃井は目を剥く。

何に驚いたのか一言では言い表せない。

若頭の愛人である実と手を繋いだ事も、それが男であるにも関わらず平然としている事も、その驚きの対象だ。

もしも正式に世話係となったならば、己も同じく行わなくてはならないのだ。

もしかすると長谷川も『あちら側』の性癖の持ち主なのかもしれない。

さも特別な事ではないとばかりの二人に気負いながらも桃井は距離をとって後に続いた。

「じゅんくん、みのけーき」

「どこにしますか?あ、そういや三階のシモーヌに新作のケーキ出来たらしいですよ」

「じゃね、じゃね、みの、しもーぬ、いく」

「はい、わかりました」

週5日で外語スクールに通っていると聞いているが、実の話し方はとても幼い。

これでは外国語など話せるとは到底思えない。

もしかすると、外語スクールは外語スクールでも幼児向けのそれかもしれない。

実と手を繋ぎながら歩く長谷川の背を見つめる。

チンピラと幼い青年が並ぶ様は一種異様だ。

そうしている内に件の喫茶店に到着した。

中年の女性や仕事途中らしき男性の多い店内をウェイトレスに案内されるがまま奥に進む。

通された四人掛けテーブルに実と長谷川が向かい合い座ったので、桃井は躊躇いながらも長谷川の隣に腰を下ろした。

「・・・じゅんくん、だれ?」

「あ、すみません、紹介遅れました。こいつ、桃井司つって今日一日・・・えっと、見学するんです」

「桃井司です。よろしくお願いします」

実の斜め前の席に座った桃井は実を見つめるとテーブルに額が付きそうな程頭を下げた。

頭の遅い青年とはいえ、それでも若頭の愛人なのだから緊張はする。

この時初めて桃井を認識したのだろう。

まっすぐに見つめる実が、少しの間を空け笑みを浮かべた。

「ももい、つかさ・・・ももちゃんでいい?」

「っ・・・は、はい。好きに呼んでやってください」

その苗字故に学生の頃から『もも』とは呼ばれていたし、『ももちゃん』とからかわれていた事もある。

そしてその己の名前を決して好きではなかった。

けれど、ヤクザ社会において上役からの言葉を拒否出来ないとはこの世界に入り間がなくとも理解出来ている。

加えてこの実の邪気のな眼差しもまた、桃井から拒絶心を奪っていった。

「良かったですね、実さん」

「うん。よかったね」

「ケーキ、どれにします?」

「えっとねぇ、えっとねぇ・・・じゅんくんも、たべる?」

「あー・・・今日はこいつも居るんでやめときます。頭にバレたらヤバいんで」

「ふーん。こーひーは?」

「コーヒーは頂きます」

「あ、じゃね、じゃね、まえのあわあわのして?でね、うさぎさん。うさぎさんのみのみたい。みのも、うさぎさん、できたらいいのになぁ」

「あぁ、カフェオレですね。実さんはコーヒー系飲めませんからねぇ。紅茶だと泡ないから描けないし。でも、ここのロイヤルミルクティ実さんお好きですよね。それにしましょう」

「うん、そうするー」

「・・・」

一つのメニューを二人でのぞき込む様は、愛人と護衛という関係には見え難い。

実にしても青年というよりは少年といった雰囲気で、男社会で男臭いヤクザ組織の中では十分に花だ。

実の性別や喋り口調の幼さ、身体や頭の障害、様々な要因を無視して見れば、それは単なるカップルにすら思えてしまう。

これもまた、己も同じ事を行わなければならなくなるのだろうか。

まだ実らと合流して数分。

既に桃井の不安は少しずつ胸の中に芽吹き始めていたのだった。







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