ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(長谷川の代理候補・2)



ケーキ二皿と紅茶とホットコーヒーとカフェオレがそれぞれ一つずつ運ばれた。

コーヒーは長谷川、うさぎのアートカフェオレは桃井、そして紅茶とケーキは二皿とも実の前に置かれている。

本来ならば桃井も普通のコーヒーが良かったのだが、アートカフェオレが見たいという実と普通のコーヒーが良いという長谷川に無理に決められたのだ。

年下でも兄貴の言い分は絶対。

内心は関係なく、桃井に拒否権などない。

新作だというベリーケーキとシンプルなショートケーキを前に、実は声を弾ませた。

「わぁ。どっちも、おいしそうね」

二つとも実が食べるというのか。

ポーカーフェイスを装いながらも、桃井は半信半疑で実を眺めていた。

実は縦にも横にも小さく細い。

身体の厚みで言えば、脂肪の多いとされる女性よりも薄く感じられる程だ。

その実がケーキを二つなど、到底全てを食べきられるとは思えない。

ただ選びきれずに二つを頼んだのだろう。

食べたいだけ食べて残す。

マナーが良いとは言えないが、見た目はどうあれ若頭の愛人なのだからその程度何とも思わないのだろうし、桃井にしてもそうと言われた方が余程納得が出来る。

「じゅんくん、うさいさん、みせて」

「はい、どうぞ」

「かわいいね、かわいいね。ぐるぐるするのかわいそうね」

「そうっすね。でも、混ぜないとコーヒーは飲めませんし、飲まなかったらコーヒーと折角作ってくれた店員に悪いですよ」

「・・・ほんとだね。だめね」

「また今度頼んで見たらいいじゃないっすか」

「うん、そうする。うさいさん、ばいばい」

「ほら、桃井。帰ってきたぞ」

「あ、ありがとうございます」

おざなりな態度で長谷川がソサーごとカップを桃井の前にやる。

その長谷川は悠々と砂糖だけを入れコーヒーを口にした。

桃井は甘いカフェオレは得意ではないし、普段はブラック派だ。

だがその全ての気持ちを飲み込み、カップの中をかき回しそれを持ち上げた。

「・・・あ、うさいさん、ぐるぐる・・・」

「・・・」

実の呟きと悲しげな眼差しが痛い。

先ほど長谷川の言葉に納得したのではないのかと言いたかったが、それも桃井に言える筈もない。

隣の長谷川も、斜め向かいの実にも居心地の悪さを感じる。

だが、明るい未来を勝ち取る為にもそうとは言って居られないと、桃井は好みではないカフェオレを大きく煽り己を奮い立たせた。

だがその桃井は、ふと気が付いた実に視線が吸い寄せられた。

「・・・え」

「実さん美味しいですか?」

「うん、おいしいね。きて、よかったね。こんどじゅんくんもたべてね」

「はい、実さんのお勧めなら是非」

フォークを進める実の手は決して早くはない。

だが、遅くなる事もなく初めから同じペースを保っており、それは既に一つ目を間食し二つ目のケーキも後数口で終えるまでになっていた。

絶対に残すと思っていたというのに。

呆然と見つめる桃井の前で、実は苦しげな様子一つ見せず二つのケーキを全て平らげた。

「ごちそうさま、でした」

両手を合わせ小さく頭を下げる。

その仕草の幼さと、目の前にある二つの空の皿がなんとも不釣り合いだ。

そうしてフォークを置いた実がティーカップに持ち替えようとしていると、桃井の隣りで長谷川が身を乗り出した。

「実さん、口、口」

「へ?」

「クリームついてますよ。ほら、じっとしてください」

「んー」

ナプキンを手にした長谷川が腕を伸ばし、実の口元を拭う。

実もまたそれを当然と受け入れ、大人しく口を拭われていた。

これも、護衛兼世話係の役目だというのか。

幼児や年寄ならいざ知らず、18歳の青年の護衛兼世話係の仕事内容として想像の範疇を越えている。

「じゅんくん、ありがと」

「いえ。それ飲んだら行きましょうか」

「うん」

元の様に席に戻った長谷川は、何事も無かったようにコーヒーを啜った。

まだまだだ。

この程度で驚いていては始まったばかりの一日が思いやられると言うもの。

心の中で己を落ち着かせ、好みではないカフェオレを唇につける。

だが冷静を保とうとしたのも、残念ながらつかの間であった。

「じゅんくん、みのね、らーめん」

「・・・は?」

「ラーメンっすか。じゃぁどこかな・・・」

「あのね、ぎょうざとね、ちゃーはんもいっしょでね、えっとね、まえもたべてね」

「あぁ、どっかラーメンセットが上手いって仰ってた店ありましたよね。どこだったかな」

「あ。あのね、えっとね・・・こうこうけん、いってた」

「はいはい。幸幸軒、そうそこですね。じゃぁ昼飯そこにしますか」

「わーい」

嬉しそうに声を上げる実と、その実に笑いかける長谷川。

二人を見ていると、黙ってはいられなかった。

「・・・昼飯、ですか?」

「あぁ。もう12時過ぎてるだからな」

「あの、でも、今実さんケーキを二皿食べられたところじゃ・・・」

確かに時計は正午を過ぎ12時20分を示している。

だが、何も正午に絶対昼食を摂らなくてはならない訳ではない。

それも餃子やチャーハン付のラーメンセットなど、今度こそ大半を残すのだろう。

それは構わない。

食事を残す事に罪悪感を覚えるような純な気持ちは既に忘れている。

けれど、無理に食事をする必要はないのだと思う。

眉を下げる桃井に、実と長谷川は不思議そうな眼差しを向けた。

「は?ケーキは、ケーキだろ」

「ももちゃん、ごはんたべないの?」

「いえ、そういう訳じゃ・・・えっと・・・」

むしろこのケーキこそが昼食替わりなのだと思っていた。

桃井自身にはない感覚だが、世の女性はスイーツの類が飯の代わりで済むと聞いた事もある。

「何言ってんだ、お前。さ、実さん行きましょうか。ラーメンは醤油かみそか豚骨か考えないとですね」

「そうね。えっとね、みのはね・・・・じゅんくんは?」

「俺は醤油ですかね。・・・いや、味噌も・・・」

実が空のティーカップをソサーに戻す。

それを目に長谷川が伝票を持ち立ち上がる。

まだまだ一日も序盤。

驚いてばかりいてはならない。

この喫茶店に居る間に何度そう心の中で呟いただろうか。

手を繋ぎ楽しげにレジへ向かう実と長谷川の背中を眺めながら、桃井は息の仕方すら忘れてしまっていたのだった。





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