ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(長谷川の代理候補・3)



実リクエストのラーメン屋は、旨かった。

とても旨くて、どんどん箸が進む。

ラーメンと餃子とチャーハンがセットのラーメンセットはなんともボリュームがあったが、それでも十分に食べ切れた。

長谷川は更にチャーハンを大盛りにしていたが、苦なく食べたようだ。

そして、その数分前にケーキ二個を食べたばかりの実も、桃井と同じ量を食べきっている。

ケーキの時と同じように決して早くはないペースだがそれを最後までキープし、笑顔のまま完食をしていた。

つまるところ、喫茶店とラーメン屋を合わせれば一番食事量の少なかったのは桃井という事になる。

小柄で縦にも横にも小さく薄い実より少ない。

それは少し、男のプライドらしきものを傷つけていた。

だがこの程度で気が折れていては極道社会でなど生きてはいけない。

運転手の運転する車の助手席に乗り込み遠藤の自宅を目指す車内、桃井は何度目ともつかない決意を振るい立たせ直していた。

「じゅんくん、ねむい」

「もうすぐ家着きますから、もうちょっと我慢してください」

「・・・うん」

「まぁ、そりゃぁ、毎日勉強してたら疲れますよねぇ。俺ぜってぇ無理っす。実さん凄いですね」

「・・・みの、すごい?」

「凄いです」

「・・・みの、うれし・・・」

後部座席からいかにも眠そうな声の実と、その隣に座る長谷川の会話が聞こえる。

桃井はこの世界に入って日が浅い。

だが、それでも幾度か見た他の組の幹部や重役連中は皆一様に後部座席に一人で、もしくは若く綺麗な女性を連れふんぞり返っていた。

間違っても舎弟を横に従えている者は一人としていない。

けれどそれは幹部本人だけの場合で、その愛人となるとむしろ一人では乗らないものなのだろうか。

それとも、実もしくは長谷川が特別なのだろうか。

胸の中に浮かぶ疑問も、それを口にする事ははばかられる気がした。

前方シートとは明らかに座り心地の違うシートで、実は長谷川にもたれ掛かり眠そうに目を擦っているのがバックミラーで伺い知れる。

全身で実に寄りかかられているだろう長谷川は、けれど嫌そうな素振りの一つも見せず携帯電話を弄っていた。

実と長谷川の関係が不明だ。

本当にただの愛人と護衛なのだろうか。

それにしてはフレンドリーで親密過ぎる気がしてならない。

もしも、長谷川と実の間に特別な何か、愛人と護衛という以前に友人や知人であるという何かがあるなら、その長谷川の代理など勤まるものか。

午後を示し一日の折り返しを知らせる車内のデジタル時計を目に、こみ上げるため息を飲み込んだ。

「あ。実さん寝ちゃったよ。もう角曲がったら着くのになぁ・・・ま、いっか」

長谷川の独り言が耳に届きバックミラーを見る。

鏡越しの後部座席では、実が長谷川の膝に頭を預け眠っていた。

この短い間でも実が長谷川を信頼しているというのは解る。

その信頼を己にも得られるか、それは並大抵ではないように思えた。

「・・・」

そうしているうちに車は汐留のマンションの地下駐車場に入っていく。

二段構造となった駐車場の下のフロアは霧島組専用の駐車場だという。

このマンションその物が霧島組の所有であると聞いた時にはなんとも驚いたものだ。

そして、このような極普通のマンションも所有している組織に所属出来た事を幸運に思った。

これならば、上り詰めれば己は安全圏でグレーゾーンの仕事だけを行えるのではないか。

違法行為を繰り返し、女にこびりへつらいヒモをしながら上納金を納めている今とは雲泥の差の生活。

その足がかりが今日だ。

そう、思っていた。

けれどその想いも少しずつ陰っているのが本音だ。

「実さん、到着しましたよー。・・・って起きるわけないか。一度寝たら実さん起きないからなぁ」

駐車場のエレベーター前で車が止まり、桃井は後部座席の扉を開けた。

独り言を呟く長谷川の次の行動を待ち眺めていると、ふと顔を上げた長谷川が桃井に実の鞄を押しつけた。

「お前はこれ持って上がれ」

「は、はい。あの、実さんは・・・」

「寝てんだから背負って行くしかねぇだろ。頭には内緒にしとけよ」

「は?」

言うなり、長谷川は実の肩を掴み膝の上からその頭を退かせる。

そして先に車から降りると、長谷川は引きずり出した実の身体を肩に担いだ。

「っ・・・さすがに、あんだけ食った後は普段よりは重いなぁ」

そう言いながらも、長谷川の足取りはしっかりとしている。

慣れているのか、両手で実の身体を支えると首を傾けて前を見ながらエレベーターへと向かった。

「おい、桃井。何やってんだ。さっさとエレベーター呼べよ」

「は、はい。申し訳ありません」

ハッとした桃井は、瞬時に走り出しエレベーターの呼び出しボタンを押した。

長谷川の肩の上、実は起きる気配を見せない。

運転手の男も驚いた様子もなく、既に所定の位置に車を戻すため発車させていた。

愛人の護衛。

その職務の想像を越える行為がどれ程重ねられているのかもう数える気力もない。

到着したエレベーターも開閉ボタンを押しながら、桃井は己の肩に担がれる実を想像したのだった。



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