ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(長谷川の代理候補・4)



遠藤若頭の自宅はどのようなものであるか想像がこれでもかと膨らんでいたが、実際に見たそこに桃井は内心ため息を吐いた。

「・・・ま、こんなもんか」

ドラマや映画の中に出てくるヤクザのように日本家屋に住んでいるのかと思えば、モダンな高層マンション。

その最上階から二つ下の部屋は確かに凄く広かったが、内装自体は極ありふれた物だ。

家具一つ一つは高級品なのかも知れない。

テレビも冷蔵庫も大きい。

けれどそれだけで、見るからに高価そうな装飾や美術品があるわけでも金や銀に輝いている訳でもなかった。

玄関に不格好な白い固まりが置かれており、それがあまりに堂々と置かれているので余程価値のある物かと思ったが、その下には『実・作』と札が置かれていた。

この家にある芸術品の類はこれだけのようだ。

この家だけを見ると、あまりヤクザの若頭が住んでいるようには見えない。

どこか気が抜けるのを感じながら、桃井は部屋の隅に立っていた。

「・・・、実さんはたぶん一時間か二時間は起きねぇは。だいたいこの時間は昼寝するから」

「そうですか」

車から眠ったままの実を寝室に運んだ長谷川がそこから出てくると何気ない口調で告げる。

実は毎日昼寝をしているというのか。

子供か、と内心呟いたが桃井がそれを唇に上げることはなかった。

「んー。どーするかな」

長谷川が壁掛け時計を見上げる。

アナログのその時計は、白と黒で洒落たデザインだ。

時計を見上げたまま、長谷川は一つ大きく延びをした。

「よし、スイートポテトにするか」

「・・・は?」

「確か芋あったよなぁ」

「って、作られるんですか?」

「作るって言うか、茹でで焼くだけだけどな。まぁ、作るな」

あっさりと言うと、長谷川はジャケットだけを脱ぎ腕まくりをするとキッチンへと入って行った。

桃井の役目、長谷川の代理の役目は実の護衛と世話だと聞いていた。

料理を、それも菓子を作るなど聞いていない。

どうするべきかと立ち尽くしていた桃井は、けれど突っ立っていても仕方がないと長谷川の後を追った。

キッチンでは既に、長谷川が慣れた手つきでサツマイモを切り鍋に湯を沸かしている。

「その、毎日作ってるんですか?」

「毎日じゃねぇよ。他におやつがある時は作らねぇし、昼間出かけた時も作らねぇし」

「・・・はぁ」

「今日は実さんのおやつになりそうなモンねぇからな。買いに行くのも面倒だし」

買いに行くよりも作る方が面倒に桃井には思える。

それも口にはしなかったが、だるそうな表情をしながらも手際よくサツマイモを沸騰した鍋に放り込む辺り、菓子を作る事は長谷川にはなんでもないのだろう。

まな板にあったサツマイモが全て鍋に入れられる。

そうして包丁を置いた長谷川は、キッチンから出ると時計を見上げた。

「茹で上がるまで時間あるな」

言うなり長谷川はソファーへ向かい、躊躇うことなくそこへ腰を下ろした。

護衛や警護の場合、そこでくつろいではいけないのではないか。

しかしそれは一般的な感覚でしかなく、ヤクザの世界ではそうではないのだろうか。

長谷川の行動が良いのか悪いのかも解らずただ眺めていると、その長谷川は携帯電話を取り出すと操作を始めた。

「・・・」

ふと後ろから見えてしまった画面は、どうやらゲームをしているようだ。

菓子を作りながら、空き時間にソファーでくつろぎゲームをする。

真面目なのか不真面目なのか解らない。

「俺がする事はありませんか?」

ただ立っているだけだという状況が居心地悪く、桃井はゲームに集中する長谷川に遠慮がちに声を掛けた。

雑用はしたくはない。

だが、この状態の方が余程苦しく思える。

しかしその桃井の心情も虚しく、携帯電話から顔も上げない長谷川は愛想もなかった。

「ねぇよ。あったら俺がやってるつの」

「・・・雑用でも、なんでも」

「だから、ねぇって。掃除とか洗濯とかそういうのは実さんがスクール行ってる間に他の人がやってるし、買い出しは後で持ってきてくれるし。俺はあくまで実さんの世話係。実さんが寝てたらする事ねぇの」

「・・・わかりました」

長谷川の言っている事はもっともだ。

護衛する相手が寝ているのだから、せいぜい誰かが寝室に進入しないよう見張る事しか出来はしない。

むしろ、菓子を作り始めただけでも想定外な程だ。

つまるところ、実の為に何かをする。

それがこの役目の最たる信条なのだろう。

簡単なようで難しく、実という人の嗜好を知らなくては始まらないようにも思えた。

「そろそろだな。そういやチョコレート混ぜても旨いってテレビでやってたな。やってみよ」

暫くがして、携帯電話をポケットに戻した長谷川がだるそうな様子でキッチンへ足を向ける。

言動だけを聞いていれば、単なる主婦だ。

その後ろ姿を視線で追うしか出来なかった桃井は、けれど長谷川に呼ばれると湯気の立つサツマイモを潰すのを手伝ったのだった。



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