ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(長谷川の代理候補・5)



遠藤若頭の愛人が知能に障害がある事や足が悪い事は事前に聞かされていた。

だからこそ、看護学校中退者である己が長谷川の代理候補として指名された事も理解している。

話を聞いた当初は自信を持ったものだ。

中退をしているとはいえ、一度は看護の道を志した。

ただ兄弟が多かったという理由だけでその任を勤めている長谷川で出来るのなら、自分はそれ以上の成果を出せる。

そう、思っていたというのに。

それも今となっては遠い記憶だ。

何度目ともつかないこみ上げたため息を喉の奥で殺し、桃井は壁際に立ち実と長谷川を眺めていた。

「・・・」

昼寝から実が起きるのを待って、三人で長谷川の作ったスイートポテトを食べた。

芋とチョコレートなど合うはずがないと思っていたがそれはとても旨くて、普段あまり甘い食べ物を好まない桃井でも苦なく食べきった程だ。

年下の、チンピラにしか見えない男が作ったにしては想像を超える旨さのスイートポテトである。

けれど実はそれを特別な事だと思わないようで、ただ旨い旨いと食べていただけであった。

実にとって、長谷川が旨いおやつを作る事は当たり前の日常なのだろう。

その後夕方まで実はテレビを見て過ごし、長谷川はソファーのその隣に座り携帯電話でゲームをしていた。

まるで自宅か友人の家のようにくつろぐ長谷川に、やはり実は何も言わない。

その長谷川に倣う気にはどうにもなれず、桃井はただ壁際で突っ立っているだけだった。

実の見ているテレビは、実践向きの外国語講座か幼児向け番組だ。

なんとも両極端に感じられるそれを実はどれも楽しげに見ていた。

そうして日も沈んだ頃、調理担当の組員が来て夕食を作り、実はゆっくりと時間をかけてちょうどそれを食べ終えたのだった。

「ごちそさま、でした」

カトラリーをテーブルに置き、両手を合わせる。

幼い口調とは不釣り合いに夕食もまたたっぷりの量を食べた実はなんとも満足げだ。

朝食と昼食は長谷川が作る事もあるが、夕食は大抵料理担当の組員がおこなうという。

元は料理人だったというその組員が作る夕食は、家庭のそれというよりも料亭の料理のような目にも美しく味も保証のあるもののようだ。

実が両手を合わせ終わるのを待ち長谷川は空の皿を重ねる。

それを持ちキッチンへと向かうと、実はその長谷川の後をついて歩いていた。

「じゅんくん、ゆたいつかえってくる?」

「さぁ、まだ連絡ありませんねぇ」

「みのがおきてるまでに、かえってくるかな?」

「さぁ、どうでしょうね。遅い時は頭、夜中過ぎますからね」

「ね。おそいの、みの、さみしいね」

汚れた食器をシンクに置く。

それ以上は何もしないままキッチンから出る長谷川を、実は身体を揺らして歩きながら追っている。

まるで、にわとりとひよこだ。

その間中長谷川は実に特別に気を向けてはいなくて、それを実も気にしていない。

ありふれた行為なのだろう。

ソファーに長谷川が座ると、その横に実も座り何事もなかったようにテレビを見始めた。

長谷川も実同様テレビを見ている。

だが、不意にソファーの背もたれに肘をかけふと振り返ると、壁際の桃井を見上げた。

「あ、そうだ。おい、桃井。あれ洗っとけよ。手でな」

「手で、ですか」

それまで居ないもののように扱われていた桃井は、長谷川の声でハッとした。

下っ端なので雑用は仕方がない。

だが、キッチンには立派な食器洗い機がある。

それをわざわざ手で洗えとはどういう事だ。

ポーカーフェイスを意識してはいても眉間に皺が寄っていたらしい桃井に、長谷川は既にテレビに視線を向けながら告げた。

「食洗機使ったらうるさいだろ。だから手で洗え。なんだ?文句あんのか?」

「いえ、解りました」

「いつ頭が帰って来るか解らねぇからな。それまでに全部だぞ」

「は、はいっ」

唸る長谷川の声が鋭く尖る。

慌てて肯定を見せると、桃井はキッチンへと急いだ。

この最新設備の整うキッチンにある食器洗い機の立てる騒音とはどの程度なのだろうか。

テレビの音がかき消される程だとは思えない。

けれど、それを確かめる気にも到底なれなかった。

それよりも、若頭・遠藤がいつ帰ってくるか解らないという状態の方が余程問題だ。

汚れたキッチンを見ただけでも遠藤は怒号を見せるかもしれない。

まだ霧島組に入会して間のない桃井が、ナンバー2の遠藤と間近で会うのは初めてなのだ。

噂にはいろいろと聞いている。

冷酷で、冷淡で、組のブレーンで、金庫番で。

その遠藤の帰宅が、いつあるのか、今かもしれないという状況。

どのような恐ろしい人物であるのか、緊張が増してゆき考えただけで手が震えた。

コックをひねり、蛇口から水を出す。

その水音にも気を使いながら、桃井は唇を結んで洗い物を始めたのだった。



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