三城×幸田・お礼用SS
(お疲れの三城の)



ある日の深夜よりも少し前の時刻。

一日の職務を終え三城はようやく帰宅をしていた。

昨日まで海外出張。

帰国したと思えば待っていたのは書類の山といくつかの部下のミスの報告。

平社員には平社員の苦労やストレスがあるのだろうが、管理職には管理職の苦労とストレスがあるものだ。

己のミスではないミスを背負わなくてはならない時もある。

そのミスにしても、原因がどこにあるのか突き止めたくとも困難な場合もあり、皆が皆本当の事を口にしている訳ではないのだから事態はなかなか進まない。

『知らない』では済ませられないとミスの処理に気を向けながら、それでも減るわけではない通常の仕事もこなし、気がつけば時刻は今。

あまり口にはしたくはないし、自覚もしたくはないが、無視が出来ないまでに疲れていた。

普段疲れを他者に知られたくなどないと考えている三城であるが、それでも今日は気を抜けば浅いため息を繰り返している。

「・・・起きているのか」

玄関を上がり、リビングルームへと続く仕切扉を見やる。

その向こうから明かりが漏れている事だけがなんとも言えぬ救いだ。

明かりが漏れているという事は、恭一が起きている。

そこに恭一が居ると思えばどことなく気が急いた。

仕切扉を開ける。

薄い扉一枚向こうの部屋、広々としたリビングと明るい照明それからテレビの前のソファーセット。

そこに座る恭一の姿を目にするだけで、安堵感が与えられる。

「ただいま」

「・・・。あ、春海さん。おかえりなさい」

「起きていたのか」

「うん?まだ十二時前だよ?」

「そうか」

風呂にも入ったのかパジャマ姿の恭一は、ソファーに座ったまま首だけで振り返り口元に微笑を浮かべた。

今日はやけに疲れたので深夜を回っているような錯覚に陥っていたが、無意識に壁掛け時計を見やると恭一が言うように実際はまだ12時前だ。

恭一が起きていても不思議はないなと思い直したと同時に、時間の感覚すうらおかしくなっている自身にため息をついた。

「テレビを見ていたのか?」

「うん。なんか学校で流行ってるんだって」

「こんなものがな」

CMがあけ、番組が再開される。

グラビアアイドルと若手のお笑い芸人が出演しているありふれたバラエティー番組のようだ。

何がどう面白いのかは三城には分からなかったが、テレビのスピーカーからは効果音に似た笑い声が響いている。

それを横目に見ながら、ジャケットを脱ぎネクタイを外すとエル字型のソファーの空いている方へと放った。

「こんなもの・・・だからじゃない?この芸人さん達も女の子も若い子達に人気だから」

「流行っているというのは、生徒の間でか?」

「そうだよ」

「・・・てっきり職員室で話題となっているのかと思ったが。教師は生徒の見るテレビ番組までチェックするものなのか?」

「チェックっていうか・・・ただ、ちょっとした話のきっかけになればなぁって思って。それに見てみたら面白かったし」

シャツのボタンを上からいくつか外し、首元をくつろげる。

ベルトも外すと、三城は恭一の隣へ腰を下ろした。

「まだ見たいか?」

片膝をソファーへ上げ身体を捻れば、三城は恭一の腰へと腕を回し己へと引き寄せた。

有無を言わさず強引にそうすると、恭一は三城の胸へと倒れ込む。

その身体を、三城は両腕で抱きしめた。

「・・・わっ。春海さん、いきなり・・・」

「まだ、テレビが見たいか?」

「・・・どうしても、見たかった訳じゃないから、もういいけど・・・」

「そうか」

とはいえ、テレビを消す訳でも部屋を移る訳でもない。

だた恭一が自分を選んだ、それになんとも言えない満足感を得られた。

肩に預けられた恭一の頭に顎を預け瞼を閉ざす。

すると、それまでよりもずっしりとした重みを腕の中に感じ、恭一が力を抜いたのだと知った。

遠慮をせず身体を預けてくれる。

そこにもまた、唇の端が吊り上った。

「恭一・・・」

腹から息を吐き出す。

ため息よりも深いそれは、無駄に張った気が抜けていく気がした。

「春海さん、どうしたの?疲れてる?」

「いや・・・いや、疲れているな」

「そっか。そりゃぁあれだけ働いてたら疲れるよね。お疲れ様」

「・・・あぁ」

恭一の手が、抱きしめた腕に触れられる。

そこがやけに暖かい。

会社や仕事の関連では周囲に弱味を見せられない。

疲れた顔も隠していつも気丈に振る舞っていなくてはプライドが許さない。

けれど此処でだけは、恭一の前でだけは、そうでなくて良いのだと素直に思える。

「何かあった?」

「大した事ではない。ただ、疲れた気がしただけだ」

「それだけ?ならいいけど・・・そうだ、疲れてるなら何か食べる?お酒飲む?おつまみ作るよ」

「何も必要ない。恭一が居れば、それで良い」

腰を浮かしかけた恭一を、抱きしめる腕の力を強め引き留める。

今、こうしているのが何よりなのだ。

恭一の声を聞き、恭一の温もりを感じ。

これが日常なのだと思えばこそ、また明日から平然といつもの自分に戻れるだろう。

「そんなもん、なの」

「あぁ。そんなものだ」

弱味も弱音も、受け止めてくれる存在がいつも此処にあるからこそ強く有りつづけられる。

恭一には敵わない。

何よりも三城の弱味は、恭一そのものだ。

いつまでもこうしていたい。

それが叶わないならば、せめて今だけはもう少し。

腕を離しがたいと、三城は暫くの間瞼を閉ざし続けたのだった。





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