ヤクザものシリーズ・お礼用SS
(香坂という男・後編)



決して香坂との約束を軽んじていた訳ではない。

ただ、少しアルコールに負けてしまっただけだ。

それを良いも悪いも考える事なく、上島とキャバクラで飲んでいる最中に香坂が乱入した数時間後、暁は午前1時より少し前に帰宅をしていた。

「・・・ただいま」

さすがに5時間近く飲み続けたので酔いが回っている。

元々ザルまでにアルコールに強い訳ではない事を思えばこの程度だ。

普段ならば外で飲む時はセーブを掛けているのだが、今夜は香坂の奢りだと知った上島に飲まされ続けてしまった。

失態らしい失態はしていないと思う。

だが、全ての記憶がはっきりとしているとも言えない。

酔いにまかせて夢心地で、今晩はもう何もせず眠ってしまいたい気分であった。

ふらつく足で玄関を上がり、暁は自室へ向かう為メインルームを突っ切ろうとした。

「あ。ようやっと帰ってきた。暁、何時や思ってん?」

「・・・甲斐、起きてたのか?」

「やって暁帰ってけぇへんから、心配やん」

暁がそこへ足を踏み入れると、ソファーに寝転がった香坂がそこから顔だけを上げた。

寝間着代わりのスエットに、風呂上がりなのか湿り乱れた髪。

ソファーの前のローテーブルには缶ビールと煙草で汚れた灰皿。

その向こうのテレビでは関西ローカルの深夜番組がついている。

冗談めかして言う香坂を、暁はぼんやりと見つめ返した。

「あ、ごめん」

「なんや、謝るん」

「・・・へ?」

思考が俊敏に動かないまま、ただふらふらと香坂の元へ向かう。

けれどそれ以上何をするとも思いつけず、暁は香坂を見下ろし一つ頷くと彼が仰向けに横たわったままのソファーの下に腰を下ろした。

そこに意図も何もない。

酔って回らない頭で身体だけが勝手に動いただけだ。

既にネクタイは緩め、シャツのボタンは上からいくつか外している。

ジャケットのボタンも全て外され、深夜ということもありよれた印象すらあった。

ヴァロールの花形部署だなんだと言ったところで単なる会社員。

今の風体はそのままだ。

「暁、俺との約束覚えてへんの?」

「約束?」

「せやから、午前様したらあの同僚とかいう男どないなっても知らんでって」

ソファーの上で肘をつき、頭を支えた香坂が暁を見下ろす。

その口調は怒っているというよりも拗ねている風に感じられたが、今の暁には正確に判別も出来なかった。

それよりも、眠い。

今までなんとか意識が飛ばずに帰ってこれたが、自宅に帰った途端気が抜けてしまったようだ。

自宅、というよりも、香坂の顔を見た途端、という方が正しいかもしれない。

今此処に香坂が居る。

起きて、出迎えてくれた。

それはなんとも贅沢なもののように思える。

「・・・どない?」

「せやからぁ、俺一応社長やからクビにも出来るし、殴ったりも出来るし・・・・って暁聞いてる?」

「・・・うん」

言いながらも暁は香坂の胸に両腕を置くとそこへ頭を預けた。

聞いてはいる。

ただ、瞬間的に右から左に流れていってしまっているだけだ。

玄関にあがるまでの事は少なからず翌日になっても思えているかも知れない。

けれど此処から先の事は覚えて居られそうにない。

それだけ、今香坂に触れているという空間に気が抜けてしまった。

「聞いてへんやん。暁、それ絶対聞いてへんやん。何、もしかして俺舐められてたりする?」

「・・・なめては、ないけど。でも、甲斐は、上島に何もしない、から・・・」

「それってやっぱり舐めてるやんー。俺かってやる時はやんのにぃ」

「・・・うん」

自分が何を言っているのか、もはや解らない。

そんな中でも、香坂は上島に何もしないのではないかと唇が動く。

素面の状態で同じ事を言えるかと問われれば答えに困るが、少なくとも今は───。

腕に頭を伏せたまま、瞼が重く垂れ込める。

暁は香坂の胸の上で全身の力を抜いた。

「・・・気持ち、いい」

「あー、何それ。暁ずるいわ。俺、怒ってんねんで。って、聞いてる?聞いてへんやろ。・・・しゃぁないなぁ、今回だけやからな」

香坂の温もりが心地よい。

今は、それが全てで。

「うわぁ、悪戯したいわぁ・・・」

意識が遠のく。

もう香坂の言葉など聞こえなくなった暁は、香坂の胸に顔を埋めたまま眠りへと落ちていったのだった。







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