クライン×北原・お礼用SS
(日本人基準・1)



交際を始めて二ヶ月。

北原は恋人・クラインと順調に交際を続けていた。

もっとも、同じ社屋それもオフィスが隣同士であったとしても、プライベートどころか職務中も頻繁に会うことは出来ていない。

日本支社のトップであるクラインも、そのNO.2の秘書のように動いている北原も忙しいのだ。

だからこそ、休日はもっぱら二人で過ごしていた。

元々北原には友人らしい友人がおらず、故に休日も特別約束がないので差し障りは何もない。

社屋近くのホテルや真新しいクラインのマンションで週末を過ごすのが定番となっている。

だというのに。

先日クラインが突然、北原の家に行ってみたいと言い出したのである。

北原の住まいは社屋から電車で数駅先にある単身者用の低層アパートだ。

寝に帰るだけの家だからとワンルームだが、オートロックの築5年。

キッチンも風呂もパウダールームも十分な広さを確保しており、給与に見合っただけの住まいだとは思う。

だがそれは一サラリーマンの感覚でしかない。

相手は、世界に名だたるC&G社の社長令息で、アメリカ人だ。

どこもかしこもが当たり前のように日本人サイズのそこに、彼が釣り合うとは到底思えない。

しかしそれを伝えても、彼は顔色一つ変えず『構わない』と言った。

クラインが構わなくとも、北原が構う。

見られて恥ずかしい家だとまでは言わない。

物が少ない事と几帳面な正確から整頓もされている。

だがそれとは別次元で、わざわざ来るべき場所でもないと思わずにはいられなかった。

何度もそれを説明した。

今週もクラインのマンションか、なんなら自分がホテルを抑えても良いとも言った。

しかしそういう事ではないのだとクラインは譲らなかったのである。

彼は無理を押し通す人ではない。

本気で北原が拒否を見せれば、引いてくれただろう。

しかしそれが出来なかったのは、クラインが眉を下げて言うから。

『直哉の住まいを見てみたい』と手を握られて言うものだから、狭さや小ささなどを理解してくれるなら、それで良いのならと、受け入れてしまったのは週も半ばの事だ。

───そして週末・土曜日。

一応は休日となっているが直属の上司・三城が出勤をすると言うので仕事をしていた北原は、その彼が仕事を切り上げた夕方、隣の部屋で仕事をしていたクラインと合流をしていた。

クライン自身に休日出勤をしなければならない仕事があったのかは不明だ。

もしかすると北原に合わせて仕事をしていただけかもしれないし、逆にまだ終わっていない仕事を切り上げてくれたのかもしれない。

どちらにせよ、申し訳のなさと嬉しさが同じ大きさで押し寄せる。

「さぁ、行こうか直哉」

「あ、はい。あの、レイズ、本当に・・・」

「なんだ?」

「いえ、なんでもありません」

二人きりの支社長室。

柔らかい微笑を浮かべるクラインに北原も口元を緩めた。

本心を言うなら、今からでも行き先を変えたいところだ。

だがその話は先日随分としたのだから、もうこれ以上言うべきではないだろう。

「大したおもてなしも出来ませんが」

今晩クラインを招くにあたり、北原は食事も振る舞う事になっていた。

それも彼が望んだ事だ。

いつもは二人で食事と言えばレストランが殆どである。

クラインは育った環境もあり舌が肥えていそうで、その彼の料理を振る舞うというのも不安の一つだ。

一人暮らしをして数年。

時々自炊もするので日常的に料理はしているが、凝った物など作った事はない。

弁当はクラインに何度か作った事があったので、彼が北原の料理の腕前を理解してくれているのを願うしかなさそうだ。

「直哉の手料理だというなら、それが何よりだ。『塩むすび』でも私は構わない」

「・・・いえ、さすがに夕食をそれだけにするつもりはありませんが」

以前クラインがテレビか何かで、『一番のごちそうは塩むすびだ』というような内容のものを見たという。

それ以来、本気なのか冗談なのか時折今のような事を彼は口にするが、北原自身は賛同しかねるところがある。

塩むすびが旨くないとは言わない。

だがあれは、スポーツの後や疲れた後に食せば上手いというだけに思えてならないのだ。

少なくとも交際まもない恋人へ、初めて自宅へ招く時に振る舞うメニューではない。

不安と緊張。

心臓が嫌な音を立ててゆく。

「良い週末が過ごせそうだ」

「・・・レイズ」

二人きりの支社長しつで、クラインが北原の腰を抱く。

その腕は力強く、そして優しかった。

そうだ。

結局は何処であれ、二人で過ごすというには変わらない。

不安と緊張は変わらない。

けれど、そこに楽しみだという感情が北原の中に確実にひっそりと芽吹いたのだった。





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